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✩ 文学夜話 ✩ ドリアン助川『太陽を掘り起こせ』の読書感想


✩ この記事は私の分析よりも本の紹介がメインなので、定期購読されていない方も全文が読めるように設定しました ✩

ドリアン助川さんの小説『太陽を掘り起こせ』(2024年3月発売)を読み、心に残る作品だったので、具体的なストーリーにはあまり触れないで(今後読まれる方のために)、最初の部分と構成と推測される作品の意図についてお話ししたいと思います。

この著者をご存じない方もいるかもしれないので、簡略に紹介しますと、小説家・エッセイスト・詩人であり、歌手(叫ぶ詩人の会)でもあります。書かれた小説の中で一番有名なのは『あん』で、映画化もされています(樹木希林主演)。次のように数々の受賞をされているようです。

小説『あん』がフランス、ドイツ、イタリア、英国など22言語で、『ピンザの島』がフランス、ドイツ、台湾などで翻訳刊行されている。2017年、フランスの2つの文学賞、「DOMITYS文学賞」と「Le Prix des Lecteurs du Livre du Poche(文庫本読者賞)」を得る。また『線量計と奥の細道』で、2019年の日本エッセイストクラブ賞を受賞した。

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では『太陽を掘り起こせ』の話に移りたいと思います。

内容は、私が説明する前に本の帯を紹介した方が良いかもしれません。帯には次のように書かれています。

もう、何をする気にもなれない―― 芳枝はひとり、暗い家に閉じこもっていた。だが、その扉を叩く見知らぬ男の子があらわれる。その子は太陽を探しに行くのだという――。「あなたは、だれなの?」太陽が消えた闇の世界で、子供が大人を導いていく。

もう少し説明しますと、40歳の息子を亡くして自宅・店に閉じこもっている70歳の女性の前に7歳ぐらいの少年が現れます。彼は太陽を探しに行くと言います。その子に導かれる感じで女性は一緒に外に出て、危ない目にあったり、過去に関わりのあった人達と話したりしながら、話が進んでいきます。

これが基本的な流れなのですが、細かく見るともう少し複雑で、現実の話と心の中の話が入り混じりながら物語が進みます。もっと細かく言うと、現実と心象が交差する中で、現在と過去が重なり、今ここと遠い場所が重なり、個人レベルの記憶と世界レベルの歴史が重なり、人間と動物が重なり、一人の人物と多くの人物が重なります。しかも、ここまでが現実の話でここからが心の中の話、とはっきり分からない箇所が多々あります。

上のように説明すると何だかとても難しい小説のように誤解されるかもしれません。ネットで他の読者の感想を読むと、よく理解できなかったという意見がちらほらあるので実際そう感じた方はいるのでしょう。おそらくそういう方々は、どこまでが現実でどこからが非現実なのか曖昧なところや、違う時間や場所や人物が重なり合うことの意味がはっきり説明されていないことを難しく感じたのかもしれません。

ですが私は、子供の絵本によくあるような現実と夢想の織り交ざった物語だと思えば、難しいことはないと感じました。大人用の童話・寓話と思えば良いと思います。分かりやすい言葉で書かれていますし、二時間ほどで一気読みできます。作中に絵は載っていませんが絵本的でもあります(そういう理由からか、本のカバーの絵が絵本のような感じになっています)。

寓話的という意味で、サン=テグジュペリの『星の王子さま』や宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』と通ずるところがあると思います。ドリアン助川さんは『星の王子さま』の新訳を出版され、去年は『動物哲学物語 確かなリスの不確かさ』というご自身の書いた寓話のアンソロジーも出版されたので、近年は寓話に力を入れている印象です。

ではなぜこの小説は、現実と心象の境界線を、異なる時間・場所・人物の境界線を曖昧にし、重ね合わせているのでしょうか。寓話的だと言っても、全ての寓話がそうではないですから、その辺の意味が分からないと感じる方もいると思います。

私の見解はこうです。すなわち、人物・時間・場所などの境界線が曖昧になってお互いに重なり合うという読書経験を通して、今ここにいる私(読者)が、今ここにいつつ、過去と未来のもっと広い世界・人々・生命とつながっているという感覚を持てるようにいざなうためではないかと思います。私は私ひとりではない。過去と未来の自分も含めて、みんなとつながっている。そしてそれが希望になるわけです。そういうストーリーではないかと私は思いました(もちろん違う解釈もあり得るでしょう)。

このように、サクッと読めるけど、現実と非現実が混ざり合う不思議な気分を味わえると同時に、色々と考えさせられる内容になっています。『星の王子さま』や『銀河鉄道の夜』が好きな方なら、楽しめるのではないかと思います。おすすめの一冊です。以下にリンクを貼ります。


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