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【掌編小説】私の仕えるお方


 デスクに向かって仕事に集中していると、ドアがバーン!と開く音がした。
 やばい、あの方だ。。。
 視線を向けると、案の定、彼が立っていた。
 スタスタとこっちに迫ってきて、至近距離で立ち止まると、手に持っていたジャケットを私に投げつける。
 僕は何か言い返そうとしたが、彼は待たずに身を翻し、無言のまま出ていった。
 出かけるから早く支度しろ、のサインだ。
 仕方なく、素早くジャケットを羽織り、外へ出た。
 で、いつも通り、運転は僕の担当。
 彼は、リクライニングさせたシートに偉そうな感じで座り、何も言わずに人差し指だけで、あっち行け、こっち行けと僕に指示を出す。
 くそー、人を顎で使いやがって・・・
 お昼時、お腹が空いてきて、食堂に寄る。
 僕の好みなんて論外、味にうるさい彼のお口に合うお店だ。
 大食いである彼は、運ばれてきた肉と揚げ物とパスタをペロッと平らげた。
 僕の方は、セルフサービスのお冷を運んだり、彼の顔色を窺ったりして、色々と気を遣うから、そんなには食べられない。
 で、レジに行くと、自分の方がもっと食べたくせに、支払いを全部私にさせ、彼は我関せずとよそ見・・・
 この先もこんな出費がずっと続くのだろうか・・・とため息をつきながら店を出る。
 そのように全くもって自分勝手な彼だが、どうも世渡りが上手で、外づらはいい。
 今みたいに人の多いところでは、終始笑顔で周囲に好印象。
 おーい、みんな騙されてるぞー!裏ではむちゃくちゃやってんだからー!と、僕は心の中で叫ぶ。
 しかも彼は、なぜか女性たちにモテモテで、微笑みかけられたりする。
 あんな綺麗な女性に通りすがりに微笑みかけられるだなんて・・・僕の人生ではそんなの一度もなかったのに・・・
 そう思いながら顔を覗くと、可愛がられてご満悦の、ベビーカーに乗った我が息子。
 確かに、かわいいけど!



<完>


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