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私と夫の18日間。ニューヨークで暮らす日本人として、目の当たりにしている景色




3月2日。

私は跳び上がって歓喜していた。夫のプレゼンが通り、ニューヨークで初個展を開催できる権利を得たのだ。しかもSohoにある大きなギャラリーで。最高の立地だ。順風満帆とは言えなかった2年間の末に掴んだこの好機はあまりにも大きく、この出来不出来で今後の進退が決まってくると言っても過言ではない。



ということで、今回はニューヨーク初個展パンデミック物語について語っていきたいのだけれども、家族にまつわる文章を書くにも個人的なルールがある(ややこしい)。

まず、家族として過ごす中で生まれるささやかな瞬間のようなものは、できるだけちゃんと書き留めておきたい。たとえば、羽田空港の免税店で割安で指輪を買ったこととか、急須を買ったら家族感が増したこととか、そういう取るに足らないけれども、心に残る出来事のことだ。

しかし、夫はアーティストなので、アーティストとして活動することを取り上げるのは、とても慎重になる。私は一応情報発信のようなものを生業にしいているので、掲載基準みたいなのが出てくる。仮に第三者としてそこを通りかかったときにも、作品を見て胸を打ち砕かれクラクラしてしまうくらいのものじゃないと指一つ触れないぞ、と決めてる。


これはなんとなく、オウンドメディアや会社の広報をやっていたときとも近しい。仲間が頑張っていると、その頑張りの内訳をすごく知っているので、労いの気持ちも込めて「お疲れ様!すごく素晴らしいプロジェクトだよ!仲間が頑張ったから見てくれ世界!」とシェアしたくなるのだけれど、世界的には、そのお疲れ様部分は見えないというか、残念ながら、割とどうでもいい。その上で、労いシェアをやりすぎると、どうも身内で褒め合っているだけのように見えすぎてしまうので、それはオフラインでやればええやろ、というドライな心を持っている。


しかし、個展は18日後からスタートする。めちゃくちゃ忙しい。ギャラリーの広さは144平米あり、その空間に見合うだけの巨大な新作(建築的なサウンドインスタレーション)を作ると宣言してしまったので、後には引けない。

そこで普段は5:5で執り行われる我が家の掃除、洗濯、炊事、その他名もなき家事たちを、私が9割以上巻き取ることになった。そのぶん私は仕事量を減らさなきゃいけなくなるが、そこはある程度コントロール出来るので、これは個人的には問題ない。


しかし、次。ポートフォリオを作ったり、プレスリリースを書いて記者に打診したり、SNSで宣伝したり、イベントを考えたり……などになってくると、完全に私の職能に食い込んでくるので、個人的には「家族だから」手伝いたい、という類のものじゃなくなってくる。とはいえ、予算はすべて機材と木材etc...に注ぎ込まれていて無い袖は触れないことは存じ上げている。

そもそも、お金が欲しいというよりも、「私が第三者だったとしても無償で手伝いたいほどに魅力的」であって欲しいのだ。それはそのまま、これからの支援者の数にも繋がるだろうから。だから、夫からこの個展で成し遂げたいことをプレゼンしてもらって、よし、魅力的な企画だから手伝わせてくれや!みたいな茶番をいちいち挟む必用がある。

結果、私も全てにおいてフルコミットすることになる。Twititerで流れてくる日本のコロナの惨状があまりにも気になって眠れなかったりもしたのだが、コンセプト文を共に組み上げたり、ポートフォリオを作ったり、とにかく目の前にある、自分の出来ることをやるのみだ、と士気を高めた。個展まであと18日。


3月8日。

ドアマンに「家のリノベするの?ここ賃貸だよ?」と怪訝な顔をされるほど、ありえない量の資材や機材が届く。せめてクリーンな住空間を確保しようと、粉だらけになる家をせっせと掃除する。

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コロナの影響で、ニューヨークに住むクリエイターの友人が次々と仕事がキャンセルになり、OMG、収入がなくなる!とインスタストーリーで嘆いている。そして次の瞬間には、画家もフォトグラファーも陶芸家もネットで作品をガンガン売り始める。お金を稼ぐことに関してニューヨーカーたちはたくましい。というか、家賃が高すぎるのでだいたいみんな貯金がないのだ。

作品を売るアイデア、とても良いね、頑張ってこの惨状を乗り越えよう!みたいな会話をインスタのDMで交わす。

ちょうど欧州からの渡航が全面禁止になった頃だったので「どうして日本だけ禁止にならないんだろうねぇ……」みたいな話に発展する。もちろん表面上の数字は少ないけれども、「日本政府はどうして検査数を増やさないの? どうして嘘を付くの?」と問われて、なんとも答えられず、申し訳ない気持ちになる。嘘をついてるか否かの真相はわからないが、論理的に答えられるだけの医学的知見も持ち合わせていない。

日本で言われている「検査数を増やしすぎると医療崩壊が起こる」というのもわかる話ではあるけれど、アメリカ人の立場からすれば「数字を少なく出している日本から、コロナが持ち込まれてしまう」と心配されてしまう状況なのもわかる。「でも、個展楽しみにしてるね!必ず行くから!」「アルコール消毒液置いて待ってるよ!」みたいな感じで会話を終える。まだ平和だったのだ。個展まであと10日。



3月12日


資材機材だらけのカオスな部屋から飛び出て気分転換をしたいと、頭から湯気が出ている夫を置いてThe Met Breuer(メトロポリタン美術館別館)で開催しているリヒターの展覧会に出かける。

チケットはMet系列3館共通になっていて、20ドルと割高だけれども、基本的には最初に使った日から3日間使える。しかし受付で「明日から全館閉まるけど、いい?」と確認される。

メトロポリタン美術館閉鎖。ちなみに、閉館することにおける現在予定している損失は111億4000万円らしい。


しかし私はリヒターだけでも観たかったので、滑り込み入館する。

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エレベーターが開いた瞬間、目に飛び込んできたリヒターの作品で、私の荒んだ心は見事に溶かされた。

昔リヒターのガラスの作品を見たときは、すごく綺麗だなぁ、くらいに思っていたのに、今となると、ここまで美しく精巧な作品を作り上げる背景を思うだけで、畏怖の念すら感じる。涙が出そうだった。巨匠、リヒターは御年88歳。大先輩だ。千里の道も一歩から、という清々しい気持ちになって帰路につく。個展まであと8日。

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3月14日。


頼んでいた資材が届かないとか、業者さんから全然返事が帰ってこないとか、そういうアメリカあるあるに打ちのめされながら切羽詰まってきた夫は、いつになくイライラしていた。私が手伝っていても徐々に「ありがとう!助かる!」みたいな反応ではなくなってきて、それにより私もイライラしてくる。そして私は割と容易くキレる。

「忙しいのはわかってるが、聞いてくれ。イライラしているリーダーがいる組織で、ボランティア労働に対して労いの言葉すら伝えられない。日頃はプロとしてやっている仕事で、報酬もない。私自身の仕事も出来ない。労働環境としてひどすぎる。キレるぞ」と訴えると、一瞬空気が凍ったけれども、夫はすごく冷静に物事を処理するタイプなので、次の日から圧倒的に、我が家に笑顔と感謝の言葉が増えた。個展にまつわる諸々はもちろん、私がせっせと動いている一挙手一投足にも感想が述べられるようになった。


「洗濯物洗ってくれてありがとう」
「食洗機回してくれてありがとう」
「ごはん美味しい……ありがとう」

一緒に暮らし始めて6年も経つので、いちいち言葉にしなくても考えていることは大体わかるけれども、いちいち言葉にしてくれるだけで大いに報われるものがある。

仕事と違って、家事はアウトプットを世の中に披露しようがない。昨日まで詰まっていたお風呂の排水溝が今日はちゃんと流れているのは15分かけて詰まった髪の毛を掻き出したからだとか、玄関がないアメリカの家なのに床が砂埃でザラザラしていないのは毎日せっせと水拭きしているからだとか、そういうのを認めてくれる社会的システムがない。まぁこうしてnoteに書いたり、Instagramで主張したり出来るだけ良い時代なのだけれども、目の前の人からの「ありがとう」は心を一気にまろやかにしてくれる薬だ。薬といっても、ビオフェルミン的なやさしい類のやつだ。

やさしい心を保ちながら、徹夜で作った夫のポートフォリオを完成させ、ネイティブチェックを依頼し、入稿した。印刷が間に合わないので、特急料金を追加で払った。個展まであと6日




3月16日。

いよいよ、会場での設営がスタートした。業者さんに頼んでいた木材が、指定の寸法に切られておらず絶望するところから始まる。が、絶望していられないので、せっせと資材を運搬していき、トラックを見送る。

ふう、とソファに座った我々を前に、ギャラリストの戸塚さんがやや神妙な面持ちで近づいてくる。(戸塚さんはNYで活動されているギャラリストだ)


あぁ、中止だ、と悟った。なんせ、ニューヨークでは飲食店(デリバリーを除く)も映画館もすべて明日から営業「禁止」なのだ。そして美術館も大手ギャラリーもどんどん自粛している中で、ここも閉鎖しない訳がない。

「でも、必ずやるから」


そう約束してくれて、じゃあ設営だけでもやっちゃおう!と、木材を切り、ペンキで塗り……という大工仕事が始まる。

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ときどきペンキでクラクラになりながらも、深夜までがんばる。個展まであとn日。nに入る数字は誰もが知りたいことだろう。いつこのパンデミックは収まるのだろうか。



3月17日。

信じられない筋肉痛で目が覚める。私は寝坊したが、夫は朝からちゃんと起きてギャラリーに向かっていたようだ。荒れ果てた部屋の掃除を済ませてから、私も現場に向かう。

SFCの学生で、こちらに留学中の強力な助っ人が来てくれて、設営はどんどん進んでいた。「作業はやいね……!」と驚いていたら、「僕じゃなくてMakitaのドライバーがすごいだけですよ」と謙遜される。

ひたすら作業し、腹が空いてくる。飲食店はどこもかしこも閉まっているので、Uberで夕食をデリバリー。普段はゴミを減らそうと活動しているのに、大量のプラスチック容器を前にやるせなくなる。経済停滞により世界の大気汚染は一時的にかなりマシになっているらしいが、ゴミ問題と衛生問題は常にトレードオフだ。



3月18日。


トランプ大統領が新型コロナのことをチャイニーズウィルスとツイートした。日頃は穏やかな台湾系アメリカ人の友人が、インスタストーリーで激しく怒りを訴えている。

NYには突然解雇された労働者も多く、絶望している中で怒りの矛先が「共通の敵」に向かうことは想像に難くない。本来の敵はウィルスなのだけど、ときには政治家になり、ときには特定の人種にもなりうる。後者の場合、我々にとっては非常に暮らしにくい街になる。

やはり東アジア人への暴行などが増えているらしく、ギャラリーへの行き帰りに地下鉄を使うのを避ける。これまでアジア人ゆえの差別を感じたことがなかっただけに、さすがに少し落ち込む。


そんな中で、特急料金で頼んでいた、夫のポートフォリオが製本されて届く。急いで入稿したのでデザインの詰めが甘く、微妙に本文のフォントがでかい。

餅は餅屋、デザイナーに依頼するべきだったのだが、時間もお金もなかったので私が作った。やっぱり非デザイナーが頑張って作った感が否めない。が、これまでの活動が一冊の本にまとまるのはすごく豊かなことで、ページをめくっては二人で喜んでいた。


ギャラリーに到着し、戸塚さんと会話。ここ数日でちゃんと会話している、唯一の他人でもある。誰かと喋れるだけでも本当に嬉しい。

シリコンバレーを抱えるカリフォルニア州でも、すぐ隣のニュージャージー州でも外出禁止令が出されているので、明日は我が身ですね、という話をする。しかしSohoなのに、信じられないくらい人がいない。日頃あれほどいるYouTuberもインスタグラマーも、みんないない。「誰もいないから写真撮ろうぜ!」みたいな人も見かけない。

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アメリカのアーティストやインフルエンサーは、マイノリティや弱者の味方である、と主張することが非常に多いし、そうした時代の流れがある(とても素晴らしい時代だと思う)。そして今回の弱者は、免疫の弱い、持病を持っている人や高齢者だ。

「弱い人を守るために、若いみんな、お願いだから家にいて!自分は免疫が高いからって、無責任に出かけないで!老人を守ろう!みんなの力でウィルスを乗り越えよう!」

そう呼びかける動画が増える。トレンド発信地だけあり、メッセージはものすごい勢いで拡散・浸透していき、みんなが各々の言葉で屋内で過ごす重要性を訴えかける。設営とはいえ、Sohoに出かけております、だなんて言えるムードではなくなってくる。


しかし粛々と設営は進み、図面で描いた以上に、かなり良い感じに仕上がってくる。これは最高だよ!はやくここに音を流したい!絶対に話題になる! と何度も夫と興奮して話す。ギャラリーのスタッフさんからも戸塚さんからも評価上々だ。目に見えて作品を組み立てていくプロセスは、純粋に楽しい。



3月20日。


ニューヨーク州での感染者が7000名を超えた。毎晩どんどん検査しているので、どんどん増える。

そしてついに、ニューヨークでも生活必需品の買い出しなどを除いた外出が禁止されることに決まった。2日後から、一部を除いた労働者はみんな自宅勤務するように、とのお達しが届く。ここに曖昧な線引きはなく、行政が明確に指定している職種(医療、農業、デリバリーのみでの飲食、生活用品、金融、報道、物流…など)以外はすべて、外出しての営業などを禁止、違反した企業は罰金だ。


ここで、日本との大きなスタイルの違いを感じる。「自己責任」による自粛だと、開けるか閉めるか、行くか行かないか、雇用主と労働者の間でいざこざが発生しかねないが、行政から禁止されるのであれば、迷うことなく閉店、自宅勤務だ。(アメリカの場合は、即解雇という場合も多い)

もちろん、医療制度の違いは大きいので、同じ施策で別の結果にもなるだろうし、国ごとに施策がここまで違うことはそれなりの理由があるのだろう。

結果論としてどちらがベターなのか、今は正直わからない。わからないけど、同時に2つの国の空気を吸っていると、あまりにも違う世界を生きているような気持ちになる。私たちは政治という傘の中で暮らしているのだな、と改めて痛感させられる。


もちろん、ギャラリーでの設営も出来なくなった。お手上げだ。


が、絶望してもしかたないので、今許されている数少ない行為である食材の買い出しに出かける。いつもワンオペで頑張っている小さな日本食スーパーの店主、のりこさんは、忙殺により明らかに疲れている。飛ぶように売れてしまう爆買い真っ最中の中、品出しが追いつかないらしい。

ダンボールを片付けるとか、何でも手伝いたいのに、「お言葉だけで泣いちゃいそう!」と、いつも頑なに手伝わせてくれない。この界隈で、のりこさんに生活の基盤を助けられている人は多いから、彼女が窮地に立ったらみんなが手を差し伸べるだろう。品薄な中でもちゃんと出ている、乾麺や豆腐、ごま油をありがたく買わせてもらった。


その後、野菜やパンを買おうと大型スーパーであるホールフーズにも寄ったのだが、店内人口密度を下げるために入場制限がかかっていて、長蛇の列だったので諦めた。列に並ぶ際、行政から指示されているSocial distance(他人との間をあける)が守られているので、列はかなり遠くまで続いている。


──

ここまで書くと、ニューヨークはどれほど世紀末的かと思われるかもしれない。しかし、目に映るブルックリンの街は穏やかだ。

在宅勤務になった人たちはリラックスウェアを来て、笑顔で近所を散歩しているし、いつになく人が多い。ジムが閉鎖されたので、外で走るしかない結果なのだが、あまりにも走ってる人や歩いてる人が多いので、groovisionsの動画みたいな風景だなぁ、とぼんやり思ったりする。ビル工事の足場を組むパイプにぶら下がり、懸垂してるマッチョもいた。


あまりにも気候が良いので、スーパーの帰り道、イーストリバー沿いで夕涼みすることにした。同居人以外の友人・家族と会うことは禁じられているが、夫と夕涼みする程度ならOKだ。

気温は15℃、春の風がちょうどいい。ぼんぼりみたいな桜が咲いている。あぁ、長くて寒いニューヨークの冬がやっと終わったのだ。「なつかしい匂いがする」「春の匂いだ」と喜ぶ。季節の変わり目の香りは、国が変わっても、どこか似ている。

(ここから有料ゾーンになります。ここでUターンする方も多いかと思うのですが、よければ夫の音楽を聴いてみてくださいね。こちらから、iTunesやSpotifyへのリンクが全て張られています。


二人暮らしというのは、困ったときには非常に助けになる。けれども辛いことに、1ヶ月後には、


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新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。