視点

最近のこと

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メモして待ってろ今年の自分

メモして待ってろ今年の自分

“アパレル販売員をしていた学生時代、「言われたことは忘れないようにメモしなさい」と言われても、次の日にはメモをしたメモを忘れる。別の日には、メモはあるがペンを忘れる。そしてさらに、メモをなくしてコンビニで毎朝メモばかり買う。奇跡的にペンとメモが揃った日でも、メモをするという行為を忘れる。” ……と書いていた私なので(『ここじゃない世界に行きたかった』P.135より)人生でメモとは無縁と割り切っていたのだけれども、最近ようやくメモを取れるようになったんですよ。 とはいえ物理

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「ふつう」はわからんが、「ちがう」はわかるのだ。
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「ふつう」はわからんが、「ちがう」はわかるのだ。

やや言いづらいのだけれど、美術館が苦手だ。 というか、年々苦手になってきている。もちろん好きな美術館もある。けれども立派で、広大で、所蔵作品が潤沢な有名美術館になればなるほどもう全然ダメ、気力体力がちっとももたない。山登りよりもテーマパークよりも13時間のロングフライトよりもずっと疲れてしまうので、随分とご無沙汰になっていた。 立派で大きな美術館のコレクション展ともなれば、そこが静寂な空間であっても穏やかじゃない。各時代の代表的な苦しみとか、様式美とか、政治的抑圧とか、そ

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暮らしの背骨を取り戻す
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暮らしの背骨を取り戻す

日本に帰ってきた。 そのことはさんざっぱらSNSに書いたので割愛するとして、ひとまずは東京の仮住まいの中でひたすら賃貸情報サイトのページをいくつも開いては閉じ、開いては閉じ……。思えばちょうど1年前にも、NYの新居を探すのに同じように賃貸サイトばかり見ていたのだけれど、日・米賃貸サイトのド定番であるSUUMOとStreeteasyの違いは顕著だ。 デコラティブな内装や窓からの景色、アメニティばかりが強調された、良く言えば豪華絢爛、悪く言えば見栄ばっかりなNYの物件事情に比

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それ、背表紙に書いといてよ

それ、背表紙に書いといてよ

大阪にある実家のそこかしこには、私が生まれる随分前から母の本が所狭しと積み上がっていた。背表紙がずらりと並ぶさまは、大人の世界を、というか母の思考を垣間見るようでドキドキするものだが、とはいえ概ねタイトルの漢字で挫折する。しかし七歳の頃である。そうした難読文字列の群れの中に、断固として気に入らない新入りがやってきた。 『ふつうがえらい』 ふ・つ・う・が・え・ら・い。その七文字が目に入ると、私はいつも「んなことあるか!」と舌打ちをした。小学校低学年でもやさしく読めるその背表

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私の、同性に対する厳しい目線

私の、同性に対する厳しい目線

先日ブルックリンの友人宅で食事をしたあと、遅い時間になってしまったので電車に乗るのはおっかないな、とLyftを配車したところ、すぐにHONDAのclarityがドコドコとやってきてくれた。 ドアを開けると、強めの香りがマスクを通り越してドッと鼻孔に突き刺さってくる。カーステレオからは大音量のビートミュージックが鳴り響き、車内ミラーからはピンクのドリームキャッチャーが吊り下げられ、ぶわんぶわんと揺れている。ハンドルを握る手もピンクの爪。運転手はギャルだった。 なぜか知らんが

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がんばろ、ニッポン。

がんばろ、ニッポン。

五輪が始まってしまった。 過去最悪だと言われている感染病棟の病床率や、悲惨な現状を訴えかける医療従事者や専門家の声、そして若いアスリートの輝かしい活躍やメダルラッシュの明るいニュースが同時に流れてくる。もしかして、地球の中に東京は2つあるんやったか? と思わされるような日々である。 そんな中浮かび上がってくる様々な問題、その多くは「世代での価値観の違い」として語られる。 世代論を語るほどにマジョリティな感覚を持っている自覚はないが、1988年生まれの30代である私にとっ

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謙虚な人、って褒め言葉だと思っていたけれど

謙虚な人、って褒め言葉だと思っていたけれど

(SNSに投稿した長文を、転載させていただきます。有料ゾーンは特に何もありません🙏🏻) 子どもの頃、存在感の薄かった私が珍しく褒められることと言えば、誰かに大切なものを譲ったときのこと。友人が遊びに来て、自分の椅子を譲るとか、ずっと待ってたけど順番を譲るとか……。 そんな時に「えらい!」と褒められるもんだから、えらいと思って、そうしていたのです。我慢すること。それが美徳だというのはきっとどこの家庭でも似たようなもので、「謙虚な人」と言われて、悪い気持ちになる人はいないんじ

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悪人が赦され続けたドラゴン桜と、不寛容な私とソーシャルメディア
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悪人が赦され続けたドラゴン桜と、不寛容な私とソーシャルメディア

(8月29日、記事の最後に追記しました) 久しぶりに民放の連ドラを観た。『ドラゴン桜2』。 日曜劇場『ドラゴン桜』(TBS)より 前作が放送されたときはちょうど高校3年生で、受験勉強中の唯一のご褒美のように楽しんでいた世代ど真ん中(サエコが好きだったなぁ)。父が週刊モーニングを買っていたので原作もみっちり読み込んでいたし、大人になってからはドラゴン桜の編集者、佐渡島庸平さんが立ち上げたコルクの仕事を手伝うようになり、ドラゴン桜を盛り上げる東大生インターンチームにSNSの

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「自衛」や「予防」って、しんどいものでしょう

「自衛」や「予防」って、しんどいものでしょう

「最近、移動どうしてる?」 ニューヨークに暮らす東アジア系の友人と会えば、こんな会話から始まる。 この豊かな街の地中を走る地下鉄は元来治安の悪い場所だったが、近年は日本人デザイナーによる施策が効いたことなどもあり、その治安は年々向上していた。が、疫病を経て、残念ながら安全とは言えない場所に逆戻りしてしまったらしい。特に、我々アジア人にとっては。 いつもこの街で起きる象徴的な出来事を反映している『THE NEW YORKER』ではこの春、こんな表紙が採用された。 THE

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