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ギンレイLOVE-6 最高に輝かしくも最高に辛い劇的なある一日。「帰らない日曜日」


「帰らない日曜日」

(原題Mothering Sunday)
監督 エヴァ・ユッソン
原作 エリザベス・カールセン

CAST

ジェーン・フェアチャイルド=オデッサ・ヤング
ジェーン・フェアチャイルド(老年期)=グレンダ・ジャクソン
ポール・シュリンガム=ジョシュ・オコナー
ゴドフリー・ニブン=コリン・ファース
クラリー・ニブン=オリヴィア・コールマン
ドナルド=ソープ・ディリス

introduction

原題の「Mothering Sunday」とはブルジョア家庭で雇われている使用人が、一年に一度だけ暇をもらって、母の元へ里帰りできる「母の日」のこと。かつての英国の風習にあったものらしい。老年期を迎えた作家ジェーン・フェアチャイルドは自分の身に起きた数十年前のその一日を回想する。「私が作家になったきっかけは3つ。ひとつはこの世に生まれたこと。もうひとつはタイプライターを手にしたこと。もうひとつは、秘密」この最後の理由がこの映画で明かされる。それは最高に輝かしくも最高に辛い劇的なある一日。

Story

孤児院育ちの主人公ジェーンは、いま名家ニブン家でメイドをしている。3月30日「母の日」を迎えてその日一日の暇をもらった彼女に、秘密の誘いの電話がある。実はここ数年に渡り貴族の御曹司ポールという秘密の恋人がいたのだ。おしゃれして彼の屋敷へもとへ春風の中自転車を漕ぐジェーン。ポールには家によって決められた婚約者がいて、今日はその相手の家庭と一緒に、家族揃っての昼食会が今まさに開かれている。遅れていくからとのポールの口実は、ジェーンを無人の屋敷に呼んで逢瀬を楽しむためだった。寝室で二人だけの時間を過ごした後、ポールは急いで着替え、彼女ひとり残して昼食会の場所へと車を飛ばす。残されたジェーンはひとり屋敷の中をさまよい、ふたたび春風の中を甘い余韻に浸りながらニブン家に戻ると、そこに驚くべき知らせが……。

英国、春の田園風景の瑞々しい空気感。

名家の優美ではあるが暗い室内から飛び出し、自転車で出かける屋外の表現は心軽くしてくれる。ジェーンの着る赤いジャケットと緑の風景の対比、そして風を切る自転車の心地よさ、恋人との逢瀬に逸るジェーンの気持ちが画面から伝わってくる。風景全体の俯瞰と、風を受ける顔や服のアップの画面がリズミカルに表現され、さながら人生最高の一日を象徴づける。

暗い屋敷内、裸身の対峙

ポールが先に屋敷を出た後、残されたジェーンがひとり屋敷の中を気ままにさまよう場面はこの映画を象徴するような名場面。富と叡智の歴史を象徴するような本棚と裸身のジェーンの対峙。彼女は実際裸一貫で生きているが、神が与えた身体という自然美を持っている。調理場に置かれたケーキも富の象徴だが、彼女は粗暴な食べ方でそれを食べ、優雅さとの対象が描かれる。すべてが美しい画面で、対象性が強く表現される。

訳知りであったゴドフリー・ニブン

コリン・ファース演じるニブン家の主人ゴドフリーは、主人公の秘密の恋をすでに知り、容認していたようで映画冒頭から意味ありげな対応。決められた結婚の重圧受けるポールと天涯孤独のジェーンとの一時的ではあるが、その恋を認めていたようだ。それは名家に生まれ育ち、戦争で二人の息子をなくした彼の人生からくるものなのかもしれず、そこにもひとつのドラマを感じる。後半ジェーンと一緒にシュリンガム家を訪れ、そこのメイドに「寝室に何か残ってなかったか」と尋ねる場面で、彼がそのことをすでに認知していたことは明らかにされる。コリン・ファースの深みのある繊細な演技にしびれる。

戦争の影深い三名家。残された者にかかる重圧。

この映画に登場するのは、この地域の上流階級の三名家。息子たちは第一次大戦で亡くなり、残されたシュリンガム家のポールとホブデイ家の娘エマとの婚約は、止む終えずの空気で決った様子。三家族すべての人に、戦争が影を落としているのが屋外での会食の場面に現れていて痛々しい。戦争で二人の息子を無くした母の無表情、愛の無い結婚を控える花嫁の冷めた感情、しかも婚約者のポールは待てども来ない。明るい陽光に包まれたテーブルなのに、気まずい雰囲気が満ちあふれる。

失うものがないことが強み。それが武器となるのか。

オリヴィア・コールマン演じるニブン家の奥様クラリーはジェーンに言う。「あなたは失うものがない。それは強みよ。その強みを武器にしなさい」それは息子たちを失い、今また人の死を見て、大切のものをなくすことの辛さを味わった彼女の心から出た言葉。映画「ファーザー」でアカデミー助演女優賞を受賞したオリヴィア・コールマンの演技が光る。
しかし、何も持たない手ぶらな人生に喜びがあるはずもなく、主人公ジェーンはその後また恋人と巡り会い、そして彼とも死別する。何かを得ては失う、その繰り返し、それが人生かもしれない。

「帰らない日曜日」「Mothering Sunday」

この映画は「Mothering Sunday」という原題よりも日本で付けられた「帰らない日曜日」というタイトルの方がテーマをぴったり表現できてるような気がする。「Mothering Sunday」の言葉が、イギリス人においては歴史的、文化的に意味ある言葉なのかもしれませんが、邦題を付けた方にポイントをあげたい。「帰らない」というのはこの映画全体を通してのテーマだと思う。人生の中で起きる良い事も最悪なことも、過ぎ去ってしまえば帰らない。主人公のように回想し、作品として昇華することしかできないが、それも人間にしかできない素晴らしいことに違いない。映画最後のカット、主人公の顔の表情がそれを表している。


飯田橋ギンレイホールにて
2022年10月22日〜11月4日の上映

しかし
飯田橋ギンレイホール閉館のお知らせ(涙)
詳しくはホームページで
https://www.ginreihall.com/


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