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塾の先生による映画史

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見ていなくても、知らなくてもわかる映画史です。
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#シネクラブ

鉄道と映画

鉄道と映画

初期の映画で有名なエピソードがある。リュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1895)の上映の際、列車が自分の方に向かってくるのを見た観客が、驚いて逃げ出したというものだ。

こういう逸話って、大げさに繰り返されて、尾ひれがついているだろうから本当かどうかは怪しいが、映画と鉄道の相性のよさを語るにはちょうどいいエピソードだと思う。

19世紀の半ばから各国でどんどん建設が進められた鉄道は

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映画の起源(6):エジソンから遠く離れて

映画の起源(6):エジソンから遠く離れて

前回お話したように、誰かが映画を撮影するたびに、特許のおかげでエジソンにお金が入りました。そんななか、作り手の数が急増。なかには彼の手をすり抜ける映画製作者たちが出てきました。

1900年、エジソンの映画会社はアメリカで最も権力もお金もある会社でした。ライバルはエジソンの元助手のウィリアム=ケネディ・ディクソンが経営するバイオグラフ。(余談ですが、現在では35㎜のフィルムは、エジソンではなく、ア

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映画の起源(5):エジソンの悪知恵と嫉妬

映画の起源(5):エジソンの悪知恵と嫉妬

エジソンと映画の2回目です。前回は、エジソンが撮影所で映画を作っていたという話でした。

この発明王は意外とビジネスマンでして、、スタジオで様々な映画を製作する一方で、ワンコイン(25セント)を入れればのぞき穴から映像が見れる箱型マシーンを作り、1894年4月14日にニューヨークのブロードウェー1115番地に設置しました。このキネトスコープ館はたちまち大反響を呼びました。

そして満を持して、キネ

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映画の起源(3):奇術師と映画の出会い

映画の起源(3):奇術師と映画の出会い

1895年12月28日のリュミエール兄弟の上映会の観客のなかに、ひとりの若い奇術師がいました。ジョルジュ・メリエスです。彼は34歳という若さで、自分の劇場をもち、機械なども導入したショーで人気を博していました。上映の後、彼はリュミエール兄弟に映画の装置を購入したいと頼みましたが、断られてしまいます。

しかし、機械いじりに長けていたメリエスは、独自に同じような装置を作り出し、翌年の4月には自身の劇

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映画の起源(1):史上初の映画上映会にまつわる色々

映画の起源(1):史上初の映画上映会にまつわる色々

今回から、不定期で映画史を書いていこうと思います。

私が映画に興味を持ち始めたころ、映画史を勉強しようと思って、挫折した経験が何回もあります。あまりにも知らない固有名詞が多い上に、やたら小難しく書いてあって、まったくイメージがつかなかったからです。今回はフランスの中高生向けに書かれた映画史の本を基に、映画に馴染みのない人でも楽しんで読める映画史をつづれればと思います。

1895年12月パリで行

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