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桜の花に対する倫理観の違い

長かった冬が終わり、花の美しい季節になってきた。
桜の花も満開を過ぎて散り始めている。今年の桜も素晴らしかった。
カナダの桜は全て日本から持ち込まれたものの子孫だということだが、ここバンクーバー島の田舎町でもよく見かける。桜の花は、カナダの人にも愛されているのだろう。

ナナイモの桜

先日、びっくりしたことがあった。
同僚がクライアントを連れて散歩に行った時、桜の枝を折り取って持ち帰ってきたのだ。
日本では、花見の際に桜の枝を折るのはご法度だ。
誰かが枝を折ったりすると、ニュースで騒がれたりもする。
法的に禁止もされているけれど、"みんなで楽しむための桜の枝を持って持ち帰るとはけしからん"とか、”木がかわいそう”というように、規制されているというよりも、生きた木の枝を折ることはなんとなく悪いことという意識が先に立つ。

同僚に、
「勝手に枝を切ってきていいの?日本だとそういうことは許されないんだけど」と聞いた。
すると、
「ここはカナダだから、そういう決まりはない。桜の枝を折っても別にいいんだ」との返答。
そうして、その同僚は散歩に行くたびに、いろんな花の枝を折ってくるのであった。

私にとっては、桜の枝を折るという行為は罪悪感でしかない。
梅や桃でも同様だが、倫理的にいけない気がするのだ。
突き詰めてみれば、桜の花とは日本人にとっては特別な花であり、惜別や魂の象徴でもある。桜の花のように潔く散るなど、日本人の心の在りようにも例えられる。なので、桜の花を粗末に扱うことははばかられる。

Saltairの桜

桜を特別視するかどうかは、文化的バックグラウンドの違いとしても、本来は公園に植えられている木は公共のものなので、取ってくるというのは褒められたものではない。しかし、カナダはそういうことに関しては目くじらを立てない国なのであろう。ちなみに、本来はトレイルの樹木や石なども持ち帰ってはいけないと思われる。それは、保護的観点からである。日本の国立公園内からももちろん持ち出し禁止である。

一方、そんな同僚も捕鯨に関しては批判的だ。
先日、ビーチに面した公園で捕鯨用のHarpoonのレプリカを見た時。
「あれを見ると悲しい気持ちになるんだよな」
という。
「でも、捕鯨はかつてはカナダの主要産業の一つだったよね?」
と私がいうと、
「え?ほんと?知らなかった」
というのである。
先住民による捕鯨はもとより、カナダ西海岸には捕鯨基地がいくつかあって、イギリス人やノルウェー人によって捕鯨が行わていた。日本人も労働者として参加していたようである。ただ、西洋人は鯨の肉を食べるのではなく、油などを工業製品として利用していたようだ。
カナダにおける捕鯨は、東海岸のほうが盛んであり、その歴史は16世紀に遡るらしい。

西洋人にとって、どうしてクジラだけが”かわいそうの対象”になったのかは良くわからない。同様に、どうして日本人は花の枝を折ってはいけないのか文化や歴史な背景を説明するのも難しい。

ちなみに、トレイルを歩く人が皆枝を折っているわけではありません。花に関心がない人もいっぱいいるからです。

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