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オリジン⑨(最終話) セカイ

「今夜は満月だな」
エレワがマカロニに声をかける。

「おう、エレワ。呼び出して悪かったな」
「別にいいさ。明日は漁が休みだ。少しくらい寝るのが遅くなっても構わない」
そう言ってエレワはマカロニの横に腰を下ろす。

「エレワ、文字を覚えたか?」
「少しずつ覚えてるところだ」
そう言ってエレワは、砂の上に指で三つの単語を書いた。

canaha (カナハ)
yuak (ユアク)
cchino (チノ)

「村の名前のように簡単な単語は書ける。でも『人がなにをする』とか『なにかがどうなる』とか、そういう話し言葉を書くのが難しい」
「文の決まりを覚えろ。それからどの決まりを使えばいいか考えて文字を当てはめればいい」
「なるほど。で、文字の話をしたくて呼んだんじゃないんだろ。なんの話だ?」

「俺は大きい舟を造ろうと思う」
マカロニは夜の海を見つめて言った。

「舟? いま新しい舟を必要としてる漁師はいないと思うぞ」
エレワは漁師をしている。だから漁師仲間の舟がどんな状態かすべて把握している。

「いや、違う。漁の舟じゃない。もっと大きい舟を、自分のために造るんだ」
「自分のため? 造ってどうするんだ?」
「海の先へ行く」
「海の先って、お前」
「分かっている。海の先にはセカイという恐ろしい大きな滝があって、滝に飲まれたら真っ暗な谷底へ落ちてしまう。ユアクの村に古くから伝えられてきた話だ。でも、誰も行ったこともないし、見たこともない。俺は自分の目で確かめたい」

マカロニは真剣な表情をしている。
それを見てエレワが言う。
「お前は何か大きなことをやる男だと思っていたが、そんなことを考えてるとは。さすがイトナ爺さんの孫だな」
「イトナ爺さんか…」
「初めてカナハの村からユアクの村に来たのがイトナ爺さん。そして、その孫が誰も行ったことのないセカイを見に行こうとしている。お前ひとりで行くのか?」
「ああ、ひとりで行く」

マカロニの言葉にエレワは何も返さない。
沈黙の時間が流れる。
波の音だけが二人を包む。

エレワが沈黙を破る。
「長い旅になるだろ。腕のいい漁師を一緒に連れていけ」
「腕のいい漁師って…」
「そんな面白そうなこと、ひとりでやるなんてズルい。俺も行くぞ」

二人の視線が交わり、笑顔がこぼれる。
「わかった」
「そうと決まれば、どんな舟にするか考えよう。材料もたくさんいる」
「ああ。実はもう設計図を書いてる。これだ」
「おお!」
エレワの描いた設計図が満月の光を反射する。

それから二人は深夜遅くまで語り合った。

舟の形について。
帆の高さについて。
船倉の大きさについて。
持っていく食糧について。
必要な材料について。

でも、二人は知らない。

大昔、セカイが存在していたことを知らない。人間が豊かな暮らしをしていたことを知らない。

人間同士が殺し合いをしていたことを知らない。

人間が自分たちの住む環境を破壊し続け、セカイが滅びたことを知らない。

そして長い長い時が経ち、いま、エレワとマカロニに見えている満月、まさしくその満月を見ている人間が、海の先のセカイにいることを知らない。

これは僕たちの知らない遥か未来の物語。
そして、世界の起源(Origin)の物語。

(オリジン 完)

【おまけのコーナー】
canaha (カナハ)、yuak (ユアク)、cchino (チノ)という三つの村の名前は、アナグラムになっています。
答えは↓↓





aachan = あ〜ちゃん
yuka = ゆか(かしゆか)
nocchi = のっち

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