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ローリング・サラリーマン詩篇    chapter 9:  STAFF

其れはジェネレーションギャップの空より舞い降り、軟弱の先輩社員をついばみ、生きたまま喰らえり。

其れは自由気儘に会議室を飛び回り、ぺちゃくちゃと声を発し、己が意を撒き散らせり。

—『ローリング・サラリーマン古文書』より

翻弄されている。

商品のターゲットがF1層だったので、僕以外はスタッフが若い女性三人というプロジェクトチームを立ち上げ、嬉々としてやる気になっていたのも束の間、見事に翻弄されている。

女性になぶられるのは今に始まったことではないのだが、幼稚園のつばめ組の頃からなのだが、だからこそ、そんな経験を踏まえてなお、女性に囲まれてぬか喜びしていた自分が呪えてくる。

春の嵐のような打ち合わせにうまく入っていけず、最後に「じゃ、まとめておいてください。」と言われ、鳩時計の様にポッポー「お疲れさまー」と返すだけ。ミーティングを重ねるごとに、僕の存在感は自尊心を道連れに消えていく。

本日の会議もなかなかの見物だった。というか僕は見物人だった。

商品のイメージタレントとして誰が相応しいかという話題になったところで、彼女たちは僕の手の届かない場所へ飛び立った。次々に名うての俳優の名前が挙げられては落とされる。頭の中で笑顔のイケメンが浮かんでは消えてゆく。ゲームセンターのモグラたたきでにょきにょき顔を出す無邪気なプラスチックのモグラみたいだ。

顔を出しては、ポコン、笑顔のままさようなら。

イメージタレント候補って、なんて切ないんだ。

「ねえ。ねえねえ。」

試しに呼びかけてみたが、素晴らしいことに相変わらず僕がいない空気感で会議が進行している。

お~い、課長ならここにいるよ。

これってグルインですか? 僕ってマジックミラー越しですか?

ここはいっちょ男性視点の意見っつーものを示しておいてやろうか。なんせ僕は一応プロジェクトリーダーだ。

「○○なんかどう?」

勇気を振り絞ってぶつけてやったぞ、渾身のマイ候補、個性派タレント。

「えっ?」

三人は通りすがりのプロジェクトリーダーを見るような目で僕を見た。

「ないでしょ。」

「ないない(笑)」

いつのまにかタメ口なのね。そこは了解しました。

「なんで? 結構テレビとか出てると思うけど。」

後学のためにダメな理由を教えてください。

「○○とか、部屋に居てほしくないし。」

そう嘲笑った彼女の言葉は、一行のタイポグラフィとなって僕の眉間から後頭部まで貫通し、そして僕は、倒れそうになりました。

部屋に居てほしくないってどういうことですか? 向こうにだって好みもあれば付き合うテンポもあるんです。出会いや、デートや、キスとか、そんなこと全てはしょられているじゃないですか。

そもそも○○さんのご両親が聞いたらどう思うだろう。僕は、僕の存在感誇示のためだけに名前を出してしまった○○さんに対して、無性に申し訳ない気持ちになった。

あれ? ちょっと待てよ。そもそもこのプロジェクト、イメージタレントとか起用する予定なんてあったっけ?

シートのどこを探してもそんなことは書かれていない。

おいおい、これは何の時間だ…。

彼女たちに悪気はない。意気投合して創造的に仕事をしているだけ。ただ、女という字を三つ並べて姦しいという意味を当てたように、古来から男は組んだ女性が苦手なのかもしれない。

中座して自販機スペースに水を買いに出ると、ビルの窓の外はもう夕方だった。

東京の空を、三匹のプテラノドンが自由に飛び回っていた。





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この詩篇はフィクションです。
実在の人物・会社とは 一切関係がありません。

ローリング・サラリーマン詩篇 prologue
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 1: CONVENIENCE STORE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 2: E-MAIL
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 3: 7:00AM
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 4: TRAIN
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 5: GODZILLA
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 6: BIKINI MODELS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 7: PRESENTATION
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 8: MASSAGE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 9:  STAFF
ローリング・サラリーマン詩篇 poem:   なりたいもの
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 10: TAXI DRIVER
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 11:  NIGHT LIFE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 12: GHOSTS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 13: NICKNAME
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 14: JAZZ CLUB
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 15: NURSE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 16: LUNCH
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 17: FAREWELL PARTY
ローリング・サラリーマン詩篇 the last chapter: パリで一番素敵な場所は



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