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ローリング・サラリーマン詩篇    chapter 13: NICKNAME

B君はあだ名付けの天才である。

彼にかかればいくら重役といえど「ゆびお」となる。小言を言う時も、部下を褒める時も、講話する時も、人差し指を天に向けて揺らすからだそうだ。また、打ち合わせ中に弊社の女性若手社員をちらちらと盗み見する取引先の部長は初対面で「脇見大福」と名付けられた。ネーミングのトーンからして不遜な感があるかもしれないが、同僚としては大いに共感できるところがある。その証拠に彼の付けたあだ名はすぐに流通し、符丁のようになるのだった。あだ名を付けられる人間は大抵好かれていないのである。

その彼に「ネズミ男」と名付けられた元請けの課長がいた。妖怪漫画のキャラクターとはイメージが違うので、そこから来たわけではないだろう。自分の上役に対して極度に気を遣い、こちらに余分な仕事ばかり増やしてくれる辺りから名付けたものと思われる。鼠のようにちょろちょろとしているイメージがピッタリ来るのだ。

僕とB君はしょっちゅうこのネズミ男に怒られている。会議で序列を無視して発言するなとか、上役が来る二十分前には来て準備しろとか、上役は多忙なのだからもっと手短に説明しろとか、段取りや仕切りを重んじる性らしいが、どうも本質とは関係ない些細なことでいろいろ注文を付けられる。万事うまくいった際でも、自分の立場誇示のために小言を言うことを忘れない。

さて、社長、副社長が出席する際の会議となると、腫れ物に触るようで、こちらとしては人災レベルである。一時間も前に呼ばれて、リハーサルさせられ、いろいろとありがたい指示をいただくのである。

「で、そこでなんて言うの?」

「え、このデータを元に説明しようと思いますけど。」

「いや、それ全部喋ると長くなるでしょ。何度も言ってるじゃん、うち、忙しいから。」

「根拠の説明なのに、省いていいんですか?」

「聞かれたらでいいのよ、何でも。君は。」

そもそもこちらが下請けとは言え、教官口調はやめてほしいものである。

結局そのパート、本番で僕は副社長に突っ込まれたのである。

「みなさんで考えたんだから、思いつきじゃないんだろうけどね。その理由がね。」

「説明した方がいいでしょうか?」

「それを説明してもらわないと。今日はそのための会議なんだからね。ハハハ。」

役員一同笑い。そして、ネズミ男も笑っているのである。とりあえず僕も笑ったら、ネズミ男に虎のように睨まれた。

「今日もひどかったすね〜。」

誰もいなくなった会議室を後に、退却しながらB君といつもの悪口タイムである。

「いや〜、あのネズミ、どうやって退治すればいいんだ。」

するとビルを出て少し歩いたところで、B君が僕の腕を引き止める。

「先輩、ネズミっすよ。」

B君の視線の先に目をやると、コーヒーショップのガラス越しに一人で座っているネズミ男が見える。窓際でコーヒーに手を付けず、うつむき加減でぼうっとしている。

「疲れてますねー。」

「なんであいつが疲れるんだよ。こっちだよ。」

何があったのか知らないが、見てはいけないところを見てしまったような気がして、何やら気の毒になって来た。

「ネズミにもいろいろあるんすね。」

「しかし微動だにしないな。大丈夫かな。」

思考停止したようなネズミ男は、静止画像のように動かないのだ。ちょっと心配になってくる中年サラリーマンの図である。

「近くに猫でもいるんじゃないですか。」

B君を見ると、ネズミ男に向かって手を振っている。僕は、B君につくづく救われていると思い、僕らに気づいたネズミ男に会釈して、次の仕事に向かった。

あだ名を付けるのは倨傲に対する細やかな反抗と思っていたのだが、それだけではないかもしれない。






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この詩篇はフィクションです。
実在の人物・会社とは 一切関係がありません。

ローリング・サラリーマン詩篇 prologue
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 1: CONVENIENCE STORE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 2: E-MAIL
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 3: 7:00AM
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 4: TRAIN
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 5: GODZILLA
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 6: BIKINI MODELS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 7: PRESENTATION
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 8: MASSAGE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 9:  STAFF
ローリング・サラリーマン詩篇 poem:   なりたいもの
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 10: TAXI DRIVER
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 11:  NIGHT LIFE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 12: GHOSTS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 13: NICKNAME
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 14: JAZZ CLUB
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 15: NURSE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 16: LUNCH
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 17: FAREWELL PARTY
ローリング・サラリーマン詩篇 the last chapter: パリで一番素敵な場所は



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