見出し画像

ローリング・サラリーマン詩篇    chapter 15: NURSE

健康管理はサラリーマンの重要なミッションのひとつである。
よって、お昼時の病院はサラリーマンが多いものである。僕も流行に遅れまいと、がんばって昼休みに病院の予約を入れている。コンタクトレンズを使っているので、三ヶ月に一度定期検査があるのだ。
「え〜っと、右か下。」
はっきり確信を持って上下左右とは言えないのだが、分かりませんというほど不明瞭でもなく、もう少しで見えそうなのだが、ランドルト環の切れ目が隣り合った二つの方向に開いている様にぼやけて見える時、僕は意志を持ってそう伝える様にしている。
見えたままを答えた方が、近視と乱視の入り交じった僕の視力の状態をより正確に把握してもらえるのではないかという期待からだ。
何年もかかりつけの眼科があり、ずっとこの言い方でやってきている。
「下です。」
「はい。これは?」
「う〜ん、右か下。」
「ではこれは?」
これまでいつも看護師さんはロイヤルカスタマーである僕の意図を察してくれ、せっせと検査を進めてくれた。
ところが、このルールが通用しない相手が現れた。こういうところにも世代交代の波である。
「え〜っと、右か下。」
「そういうのはないんですよ〜。」
あっさりスパッと切り捨てられた。無いだって? くそっ、新入りの癖に。こちとら、見えたままを答えてるんだ。あまり見ない看護師だな。ふん、俺の方がこの病院歴は長いんだぞ。
「じゃあ、これはどうですか?」
「左か下。」
へへへ、「え〜っと」とか取ってやったぞ。迷わず言ってやったぞ。どうだ、参ったか。
「左か下、どっちかな〜。」
こら、子供相手みたいな喋り方すんな。
「どっちかなぁ。」
「……。」
「分からないときは、分からないって言ってね。」
その口撃やめろ、絶対にやめろ。
そばの検査台に顎を乗せてる人の肩が震えてるじゃないか。
どんな顔して言ってんだ? 仰々しい検査用眼鏡の隙間から顔を見る。
くっそ〜、お前、満面の笑みじゃないか。やめろ。子供扱いはやめろ。他の看護師さんもいるのに…。
僕は、まっすぐ向き直り、検査用眼鏡の遮蔽板の奥で沈黙するしかなかった。
「右…、下…、分かりません。分かりません。左…」
男のルール、すぐ捨てました。
覚えてろよ。今度はこっそりコンタクト入れたまま検眼して、全問正解して驚かせてやるからな。






***********
この詩篇はフィクションです。
実在の人物・会社とは 一切関係がありません。

ローリング・サラリーマン詩篇 prologue
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 1: CONVENIENCE STORE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 2: E-MAIL
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 3: 7:00AM
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 4: TRAIN
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 5: GODZILLA
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 6: BIKINI MODELS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 7: PRESENTATION
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 8: MASSAGE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 9:  STAFF
ローリング・サラリーマン詩篇 poem:   なりたいもの
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 10: TAXI DRIVER
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 11:  NIGHT LIFE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 12: GHOSTS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 13: NICKNAME
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 14: JAZZ CLUB
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 15: NURSE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 16: LUNCH
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 17: FAREWELL PARTY
ローリング・サラリーマン詩篇 the last chapter: パリで一番素敵な場所は



#創作大賞2024 #お仕事小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?