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借りパク奇譚(2)

深緑の山道をどれだけ走っただろう。突然視界がパッと開け、目の前に山々に囲まれた寺が姿を現す。午後1時過ぎ、おれたちは、とうとう「火理拍寺」、俗称「借りパク寺」に到着してしまった。

「本当にあるんだな……」

その存在をにわかに疑っていたおれは、寺を前に絶句する。

「当たりマエストロだなも~」

山田はおれの前にしゃしゃり出て、得意げに指揮者のジェスチャーをする。ウザすぎである。

収容台数30台ほどの専用の駐車場に車を止め、おれたちは山門へと続くなだらかな石段を登っていった。

良い場所だな。おれはすぐにそう思った。元来おれは神社、仏閣というものが大好きなのだが、今まで見てきた中でも、ここはかなり上位にランクインする。凛とした静寂がそっと体を包む感覚、静寂は全てを浄化し、万物をあるべき姿へと導いているように思えた。

山門まで来ると。一山先に本堂と、右手側には不思議な形をした塔が見えた。独特な雰囲気を持つその塔に、おれも山田もすぐに目を奪われた。寺でよく見かける五重塔ごじゅうのとうとは全く異なるデザインの塔。塔は石造りで、ハノイ塔のような形状をし、上部にいくにつれ、研ぎ澄まされたように細くすぼまっている。一体この寺の宗派はなんなのだろうか? 建物と宗派の関係はよく分からないが、そんなことを思った。

寺の敷地は思っていたよりかなり広い。本堂に続く森林をおれと山田は無口になって歩く。不思議だった。駐車場からここまで、他の参拝客はおろか、寺の関係者も一人も見かけない。いくら辺鄙へんぴな場所とはいえ、日曜だ、こんな素敵な寺が不人気なんてことがあるのだろうか? 寺はまるで、おれたちの借し切りみたいだった。

それでも本堂の横の受付所までやってくると、そこでようやく一人の巫女みこを見つけた。

いやはや、受付の案内にも、確かに「借りパク懺悔の門」との記述がある。どうやら儀式はギャグではなくガチのようだ。

「『懺悔の門』に参加したいのですが」

いまだ気乗りしないおれを尻目に、山田はズンズンと巫女のところまでいって参加を申し出る。

山田が事前にフィアンセから聞いた話。「借りパク懺悔の門」は毎月第一日曜日の午前と午後にそれぞれ1回づつ、月2回開催されているという。もともとは午前の会に参加する予定であったらしいが、おれの寝坊により必然的に午後の会になってしまったのだ。

おれはイヤイヤ、山田はノリノリで3万円払い、受付を済ませる。

巫女さん曰く「懺悔の門」の参加には、専用の服に着替える必要があるとのことで、次におれたちは受付左手の建物を入り、支度室へと向かった。

支度室入ってすぐの棚に、白い長襦袢のような着物と帯がS、M、Lとサイズごとに重ねてある。どうやらこれが参加者の衣装らしい。帯の巻き方が浴衣のように単純ではなく、壁に結び方の手順が貼られている。

「こういうの着たことあるか?」と山田に言われ、とおれは首を振った。

本格的な着物を着る機会などまずないおれたちは四苦八苦。悔しくも若手のおっさんふたりで助け合い、何とかそれを着込んだ。支度室にあったロッカーに荷物と貴重品を預け、これまた壁に貼ってあった、「着替えた後は右手奥の待合室でお待ちください」の案内に従い、次に待合室へと向かう。

畳15畳ほどのスペースに、壁にそって椅子が並べられた待合室には、なんと既に先客がいた。男性が1人と女性1人。おれたちと同じ衣装を着込み、程よい距離をとり座っている。

おれたちが部屋に入っていくと男性は、チラッとこちらを確認し、会釈した後、再び目を閉じ腕組みを続ける。一方読書をしていた女性は、こちらを向き、丁寧に会釈した後、再び読書に戻った。彼女が読んでいる文庫本にはブックカバーをつけているから、それがなんの本かはわからなかった。

「無駄に綺麗だな」

椅子に座ってすぐ、山田が小声でささやいてくる。

随分な物言いをする山田。こいつが言っているのは当然女性のことであろう。

確かに女性は美しかった。年齢は20代後半くらいであろうか。端正な顔立ちで、細っそりとしてスタイルもよい。正直おれも、ハッとしたのは認めよう。ただ「無駄に」とはなんだ!

「こういう所で出会うモブキャラはさ、おっさんとか、おばちゃんがいいんだよな、変に意識しなくてすむ」と調子に乗って、勝手な持論を続ける山田。めんどくさいから適当にうなずいていると「男の方は優秀なモブキャラだな」と今度は男性についてささやいてくる。

確かに男性はいたって普通、これといった特徴はなく見事にこの場に溶け込んでいる。年齢はおれたちより若干上といったところか。

「自転車だな」

「えっ 何が?」

「男が借りパクしたものだよ」と山田は勝手に予想し始める始末。

コン コン

突然ノック音がして、ゆっくりとドアが開く。
現れたのは上下紺色の作務衣さむえを着た若い坊主。

「皆様、まもなく『懺悔の門』の開始の時刻となります。これより会場となります『暁の間』へと移動しますので、私の後に続いてください」

そう言い残すと、坊主は素早く部屋を出ていく。おれたちは若干慌てて立ち上がり、急いで坊主の後に従った。

控室がある建物から一旦を外に出て、坊主は本堂の方へと歩いて行く。なるほど、やはり儀式は本堂で行うのかと思っていた矢先、坊主は本堂をあっさりと通過した。

結局一度も後ろを振り返らず、黙々と歩く坊主が一直線にやってきたのは塔の前。先ほど目を奪われた、あの不思議な形をした塔である。どうやらこの塔の内部が「暁の間」と呼ばれる場所のようだった。

坊主にうながされ、塔の中へ─────息をのんだ。

板張りの床は広さ80畳ほどあるだろうか。天井はおよそ30m上のまで吹き抜けになっており、天窓から光がそそいでいる。

パチ パチ パチ パチ

室内には木がはぜる音が響く。
部屋中央には大きな囲炉裏があり、そこでコンコンと火が炊かれ、炎が高さ3mほどまでに燃え上がっている。

炎の前に別の坊主が一人。目を瞑り、組んだ腕に警策きょうさくを持ち座禅を組んでこちら向きに座っている。立派な 装束しょうぞくを着たその人からは圧倒的な存在感が伝わってくる。どうやら「懺悔の門」を執り行うのはあの人で間違いないようである。

おれたちは案内役の坊主の指示でその人の前に横一列に並んだ。

(3)に続く




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