借りパク奇譚(4)
「カンバルジャン、クロエ、ボンネ、そして "たけし" 。皆様、よう受け入れて下さいました。ありがとうございます。『名与の儀』は以上となります。『名与の儀』をもって、皆さまは無事、門をくぐる準備が整いました」
そう言い終わるやいなや、亮潤がニカっと笑顔をのぞかせる。
おれを含め参加者は皆、唖然とする。あれだけ鋭かった眼光は一気にマイルドになり、「別人ですか?」と問いたくなるレベルになる。もしや!? 与えた名前に有無を言わせないために、わざとあんな怖い顔をしたのではあるまいか? いやいや、聖職者が脅しなど、あってはならないだろう。
それにしても、さっきからやたら出てくる「門をくぐる」という表現。『懺悔の門』とは、どうやら最終的にその門をくぐる儀式のようだ。もちろんそれは、抽象的な意味での門であろうが。
「では、これより、門を目指して歩いていく儀式、『回顧の儀』を始めます。ポチ!」
亮潤の呼びかけに、火の世話をしていた先ほどの案内役の坊主が「はい」と元気に返事をし、テキパキと紙とペンを配り始める。
おいおい犬じゃないのだから、おれはせめて人の名で良かった、と思いつつ、おれはポチから紙とペンを受け取った。
紙はリスト表になっていて、そのヘッダー部分に
【借りたもの】
【借りた人】
【価値】
【返せなかった理由】(※簡素に)
と書かれていた。なるほど、つまりここに、自分が借りパクしてしまったものを記入し、借りパクリストを作成しろということなのだろう。
皆に紙が行き渡るのを待って、再び亮潤が口を開く。
「お配りした紙をご覧ください。これより皆様には、そこに自分が借りパクしてしまったものを記述していただきます。思い出せる限りで構いません、これよりしばらく時間をとりますので、各自、表を埋めてみてください。記入が終わりましたら、ペンを置き、心を静めてお待ちください」
さらりと”借りパク”という表現を使う亮潤、やはりファンキーだ、なんて思っていたところ、
「すみません……書ききれない場合はどうしたらいいでしょうか?」
と『フザケルジャン』こと山田。
なんだと! この紙1枚で、30品目まで書き込むことが可能である。しかし、
貴様はそれでは足りないと? 山田よ、一体お前は今までどれだけ借りパクしてきたというのだ?
一方、そんな愚か者には慣れているのか、ポチが『カリスギジャン』のところへ行き、紙を追加で3枚渡す。3枚はさすがに多いだろと思いつつ、いざ我々は "借りパクリスト" の作成へと移っていた。
さて、おれが今まで借りパクしてしまったものとは何だろう? あらためて考えてみると、なかなか思いつかない。借りパクされたことは何度となくある。ただ、自分が借りパクした記憶というと、ほとんど思い浮かばないのだ。
それでも唸ること5分、ようやく一つの記憶がよみがえる。
文庫本……そう、小説の文庫本だ! おれは大学時代に先輩から借りた一冊の本のことを思い出した。
しかし、あれを借りパクというのか? おれが貸してと頼んだわけではないし、返す気がなかったわけでもない。また借りたことを失念したわけでもない。
あの日、おれは新入生として軽音サークルの新歓コンパに参加していた。たまたま、おれの隣に座った先輩、そう、トオルさんだ。そのトオルさんに「ドラム以外の趣味はなんだ?」と聞かれ、「小説を読むことですかね」と答えると、「これを読んでみろ」と、トオルさんがとある文庫本を差し出してきたのだ。
文庫本は海外小説だった。正直全く興味がなかったが、今後のサークルライフを考えると、断るのも角が立つと思い、結局おれはその本を借りることにした。
どうでもいいことだが、なぜかその文庫本は、おそらく新品だった。読んだ形跡は一切なく、買った時についてくる、広告やしおりまでもが挟まれたままだった。まるで誰かにそれを貸すために、わざわざさっき買ってきた、そんな風にさえ思えた。
さっさと返してしまいたかったから、おれはすぐに小説を読むことにした。読まないで返すことも考えたが、感想を聞かれた時にうまく誤魔化せる自信がなかったのでやめた。
それは、短い割にやたらと読みにくい小説だった。2週間くらいかけて、なんとか読み終え、感想を頭の中で整理して、いざ本を返そうとサークル棟へトオルさんを訪ねた時、トオルさんが突然大学を辞めてしまったことを知らされた。 どうしようもなかった。個人的にトオルさんの連絡先を聞いていなかったし、そもそもトオルさんは携帯を持たない人らしく、誰もその連絡席を知らなかった。トオルさんは消えてしまって、小説だけがおれの手元に残った。あの小説、タイトルはなんだったっけ?……うーん、だめだ、全く思い出せない。
おれは【借りたもの】に「小説の文庫本」と書き込んだ。
【借りた人】……えっとトオルさんの苗字は? うーんそれも思い出せない。みんな、下の名前で呼んでいたから。仕方がないのでカタカナで「トオル」と書き込む。
【価値】値段は当時で「500円」程であろうか。結構薄い本だった。
【返せなかった理由】……「突然音信不通になってしまった」
さて他には? 一つだけだとさすがに嘘くさい。ただ、必死に記憶を掘り返してみても、なかなか見つからない。他の参加者はどうだろう? おれは彼らに視線を投げる。
まず嫌でも目に入ったのは、隣でせわしく書き込む『ジュケバルジャン』。まさに一人だけ受験の筆記試験に臨んでいるかのように、ものすごいスピードでひたすらリストを埋めている。
その先に見えるボンネ。『ジュケバルジャン』とは対照的に、何か魂を込めるように、一文字一文字、ゆっくりと丁寧に書き込んでいる。その顔は真剣そのものだ。おれたちを脅かす、濃いキャラと思っていたが、ボンネは単に相当真面目なだけなのかもしれない。
さて、クロエさんは?
相変わらず美しい彼女は、既にボールペンを置き、目を閉じ、じっとしている。おれと同じく、借りパクしたものが少ないのだろう。
クロエさんは一体なんの縁があってここへやってきたのか? わざわざこんな山奥まで来て、彼女が懺悔したいもの、彼女が借りパクしてしまったものとは、一体なんなのだろうか?
(5)に続く
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