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今日を金曜日とさせて下さい
それはどう考えても金曜日にしか思えない木曜日だった。時々、こういう感覚になることはあるものだけれど、今日の金曜日感は尋常ではなかった。
朝出勤してすぐそう思ったが、時間とともにその感覚はどんどん強くなっていった。11時になって、私は部署の仲間内専用のグループチャットにメッセージを送った。
どうしたことか、おれには今日が金曜日に思えてならないんだ。朝から金曜日のような開放感がおれを包んでいる。逆に、明日も会社があるなんて、にわかに信じがたいんだ。
私のポエムへの反応はすぐにあった。驚いたことに、そう感じていたのは私だけではなかった。
さっき全く同じこと思ってた!
禿同、なんか今日の金曜日感は果てしない。
確かに。今日で1週間が終わる感あるな。
もしかして、この感覚は蔓延(まんえん)しているのかもしれない。そう思った私は隣の席の「高田」さんに聞いてみた。
「えっ 今日まだ木曜日でしだっけ? 私、完全に金曜日かと思ってました」
私は絶句した。高田さんに至っては、今日を金曜日だと信じこんでいたのだ。
「確かに今日、やたら金曜日って感じがしますね」
高田さんをかばうように向かいの席に座っていた「斎藤」さんもそれに同意する。はて、理屈はよくわからないが、こういう感覚は伝染するのかもしれない。
実はみんなが勘違いしているだけで、今日は金曜日なんじゃないか?
しまいにはチャットに誰かがそう書き込んで、もう私の中での金曜日感はおさまりが効かないほど、大きくなってしまった。
昼休み。仲間とランチの時も、話題は『今日が金曜日に思えてならない』というものだった。どうやらみんなの周りでも、その感覚におそわれている人が多数いるようで、流石に少しびっくりする。
話はだんだんエスカレートして、「もう明日は会社に来ないで、みんな有給を取ろうぜ」という発言までもが飛び出した。しかし、「流石に急に有給をとる人間が続出したらまずいだろ」という発言が次に出て、話の熱は少し冷めた。ところが
「もうさ、部長に直談判しないか、どうしても今日が金曜日としか思えないので、明日来なくていいですか? と」
同期の「武藤」のその発言により、話は再び盛り上がっていった。武藤がそれを言うのも、あながち的外れではなかった。最近部長に就任した「佐々木」さんは『話の分かる男』として知られていたからだ。
『佐々木改革』。佐々木さんは就業規則としては存在していたが、全く運用されていなかったフレックスタイム制を実質運用にこぎつけた。また『当日休み』の理由に「前日が重い飲み会」「働く気分になれない」を認めたりと、ユニークな改革をどんどん推し進めていた。
そんな佐々木さんだから、そのふざけた提案も「なるほど。いいんじゃないの」と二つ返事でOKしてくれる、そうな姿が想像できなくもなかった。
しかし、実際にそれを言うとなる流石にみんなビビってしまい、男だけが集まった時のあのなんとも言えない悪ノリの中、最後にはジャンケンで負けた者が佐々木さんにそれを言うという、狂気の沙汰として思えない展開になってしまった。そして、私は見事にそのジャンケンに負けた。
みんなは嬉しそうだった。みんなはすでに今日が木曜日でも金曜日でもどっちでもいいように見えた。お楽しみのイベントができたのだ。一方私は、一気に血塗られた木曜日になってしまった。
午後、もともと手につかなかった仕事は、さらに手につかなくなった。グループチャットで執拗に私を脅迫してくる暴徒と化した仲間達。
いけ、望月!
頑張れ望月! お前ならやれる!
告れ望月!
もちゅじゅきーーーーーーー
Yes we can ! Yes we can! Yes we can!
2時半になって、私は意を決して部長の席まで行き、声をかけた。
「すみません。少しお時間いいでしょうか?」
「うん。いいよ」
「えーーー私はこれからとてもふざけた相談をさせていただきます。えーーーできることなら相談をやめたいのですが、えーーー諸事情により引くに引けない事態になってしまい……誠に申し訳ありませんが相談させて下さい」
私はしどろもどろ、説明を始めた。
「何? なんか面白そうだね」
そういって佐々木さんは目を輝かす。
「部長は木曜日のような金曜日、いや、すみません間違えました。金曜日のような木曜日を体験したことはありませんか? 木曜日なのに金曜日に思えてしょうがない、そんな体験です」
「あるよ。しょっちゅうだよ」
部長のその言葉は私にエネルギーを与えた。
「そうですよね。そして、私にとって今日がおそらく人生史上最大にそう思えてしまう日なんです」
「なるほど」
「ですので、お願いします。今日を金曜日とさせて下さい。そして今日が金曜日なら明日は土曜日ということで、明日、お休みをいただきたいのです」
「いいよ。全然構わない。明日休みね。OK、OK」
拍子抜けするくらいに、部長はあっさりと答えた。
「あ、ありがとうございます!」
そういう私の声の大きさは喋り始めの3倍くらいになっていただろう。達成感、解放感。私の木曜日はまさに金色に変わった。
佐々木スゲー
佐々木は神
さ・さ・き! さ・さ・き!
佐々木クエストIII(スリー) そして伝説へ
騒ぎ立てる暴徒達も、今では可愛いと思えた。私は誇らしかった。私は苦闘を制し、自由を勝ち取ったのだ。
会社帰り、嫌がる暴徒達を無理やり引っ張り、飲み屋へ向かった。私は思う存分飲んだ。「店、金曜のわりに空いてない?」「まあ明日は休みだ。ガッツリ飲もうぜ!」「花金戦隊、ノミレンジャー」私はたいそうご機嫌で、酒は非常に美味しかった。
翌日、私は寝坊して11時過ぎにようやく目を覚ました。
ゆっくりコーヒーを飲みながら、今日何をしようかと考える。私の手の中には土曜日のような金曜日があった。読書、ゲーム、映画、楽器の練習、ウーパールーパの世話、何をするのも自由なのだ。
結局私はその日、映画を見た後に漫画を読み、それからテレビゲームにいそしんだ。普段の休日に比べてはるかに充実感があるのはやはり闘った末に勝ち取った、休日だったからだろうか?
*
ブーン、ブーンと急にスマホが震えたのはちょうど翌日の土曜日の夕方だった。私は午後から飲み始め、その時はほろ酔いの、なんとも気持ちの良い状態だった。見慣れない番号だったが私は反射的に出てしまった。
「もしもし、望月さんの携帯でしょうか?」
男は言った。
「はい、あってます」
「こちら佐々木です」
佐々木………って部長じゃないか!?
「あっ部長ですか!?。お疲れ様です……何かありましたか?」
酔いは一気に冷めて声が震える。私は仕事で何か重大なミスを犯していたのか? 部長が休日にわざわぜ個人携帯に連絡してきているのだ。余程のことがあったのではないか。
「いや、大丈夫。何にもないよ。ところで休日はリフレッシュできてるかい?」
「……はい。おかげさまで非常に有意義な休日を過ごしてます」
「よかった。じゃあ、明日は気持ちよく出勤できるな」
「えっ部長、明日はまだ日曜日です。明後日ですよね」
「いや、木曜日が金曜になったんだ。君にとって明日は月曜日だろ?」
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