見出し画像

借りパク奇譚(6)

続いて亮潤が指名したのは、満を侍して登場の大悪党「カリパクジャン」。

さて、聞かせてもらおう、貴様の悪事の数々を! 全く興味はないがな。

「それでは、読み上げます。コホン」

と、礼のあとに余計な枕詞と、無駄な咳ばらいをしてからジャンは始めた。

「えー、将棋のゲームソフト、竹中隆たけなかたかし、6千円ぐらい、えーどうしても返したくなかったため、借りていることをとぼけてしまった。あっ、そんな私の心の弱さ」

てめえか、こらっ!!!

 竹中隆。それはつまり、おれのことなのだ。

小学3年生の頃、クラスで将棋が流行っていた。おれも例にもれずハマっていた。いや、おれは周りの誰よりもハマっていた。だからおれは当時、なけなしの小遣いで格闘ゲームやRPGより、将棋のゲームを買うことを優先した。当時将棋のソフトを持っている人間はめずらしかったので、おれのもとには、次から次に貸し出しの希望者が訪れた。その中の一人に、山田もいたのである。

ソフトが色々な人の手に渡る中、あろうことかある時、ソフトが行方不明になってしまったのだ。まったく、今考えると、とんでもない話なのだが、おれが小学生の頃はそんなことがたまにあった。

まさか、あの迷宮入り事件の犯人がこんな間近にいたとは。山田からは3万6千円(懺悔の門への参加費 + ゲームソフト代)いや、慰謝料も含めて、5万円を請求せねばならない。

それにしても最後にとってつけたように言った「わたしの心の弱さ」とはなんだ。あいつはそんなことを絶対書いていない。ボンネの懺悔を聞いて、急遽言い回しをパクったのである。 恐ろしき『カリパクジャン』。

その後も『カリパクジャン』は自分の犯罪をつらつらと読み上げていく。

文庫本、漫画、雑誌、参考書、写真集、CD、寝巻き、掃除機、デジカメ、ワープロ、靴下、空気入れ、ネクタイ、喪服、マウス、靴、ウォークマン、やかん、アイロン、アイロン台、ボイスレコーダー、軍手、はさみ、タイガーアイのブレスレット、イヤホン、リュック、ギター、アンプ、譜面台、上履き、とまあ出るわ出るわ。よくもそんなにパクり倒せたものである。

いい加減『カリスギクジャン』の懺悔にも飽きてきた頃、やつの口から、さらなる恐ろしい言葉が飛び出した。

「えー3万円、竹中隆、3万円、お金がなく甘えてしまった、私の心の弱さ」

おれは思わず立ち上がる。

てめえ!!! 懺悔の門への参加料! あとで必ず返すといってたよな!!

亮潤様以下、懺悔を聞いていた皆の視線がおれに集中する。

まあ待てみんな。悪いのはあの男なのだ。男は今この瞬間、さらに罪を重ねようとしているのだ。本人に宣言して借りパクという、前代未聞の荒業をなそうとしているのだ。おれは殺気立った視線を山田に投げるも、あいつはそれを完全にスルーして、なおも淡々と懺悔に勤しむ。

「トンカチ────ニッパー ───孫の手────」

ちくしょう! 皆から見て、おかしいのは明らかにおれの方だ。 ここはいったん引くしかない。

慰謝料含めて10万円! 絶対返してもらうからな! 絶対返してもらうからな!!

おれは心の中で絶叫しつつ、なんとか自分を抑え座った。

『クソバルジャン』の懺悔は続いていたが、おれは大して聞いていなかった。フツフツと湧き上がる怒りを、なんとか鎮めようと必死だったのだ。それでもさすがは『クソバルジャン』。その発言で、おれの意識は再び山田に鷲掴みにされる。

「えー 成田千佳なりたちか 柳田哲平やなぎだてっぺい 百兆円 可愛いすぎたどうしようもなかった。以上です」

以上じゃねぇ!!! 

千佳。最近山田の会話にしょっちゅう登場する女の名である。おそらく成田千佳こそが、まさに山田のフィアンセであろう。「借りたもの」の欄に、フィアンセの名前を書くなんてトチ狂っている。人間は”モノ”じゃねえ! まぁ冗談のつもりなんだろうが……。文字通りに受け取るならば、なんとあいつは、フィアンセを借りパクでゲットしたというのか!?……人まで……恐ろしい、恐ろしすぎる。"借りパク王子"はだてじゃない。そりゃあ、彼女ができたなんて言えないわな。予想を上回る事実におれは引く。

しかし……本当にそんなことが可能なのだろうか? 女を貸し借りだと? そういったプレイなのか? 正直おれには到底理解できない。山田がそういう奴だと思はなかったが、もしそうなら、このまま友達を続けるか、真剣に考えなくてはならない。それにしても、借りパクされた柳田哲平の怒りは、おれとは比べものにならないんじゃないか? しかし「成田千佳」にも意思というものがあるはずだ。となると、「成田千佳」も自分が借りパクされることに同意したということなのだろうか? 謎だ、謎すぎる! どういうことだ。どういうことなんだ。詳しく、詳しく教えろクソバルジャン!!

「では、次はクロエ!」

頭が整理されないうちに、亮潤がクロエを指名する。

「はい」と透き通るような声で返事をして、クロエが立ち上がる。それに続く美しいお辞儀。

一瞬で、空気がまた浄化されたような気がしたのはおれだけだろうか?

凛とした空気の中、クロエが話し始める。

「時間、たくさんの名前を知らない人々、プライスレス、返す方法がわからない 以上です」

ゆっくりと読みあげ、丁寧なお辞儀をして着席。

キョトン。

他の参加者、全員キョトンである。

百歩譲って「プライスレス」と言ったことには目をつむろう。ただ「時間」? 確かに、人の時間を奪ってしまう人はいる。「話が長い」とか、「遅刻しまくる」とか。つまり彼女は、自分がそのたぐいの人間だと言いたいのか? いや、そもそも人間誰しも、人の時間を奪い奪われ生きているものではないのか? 働くこと自体、誰かに自分の時間を提供していることにあたるのだ。エンタメや娯楽などだって、見方を変えれば、誰かに時間を消費してもらっていることになる。いやしかし、それは「借りる」とは違うか。借りているということは返す前提である。そもそも時間など、借りパクすることなどできないのではないか?

おれはクロエの表情を確認するが、依然クールビューティーの顔からその感情を読み取れなかった。

(7)につづく


いつも読んで下さってありがとうございます。 小説を書き続ける励みになります。 サポートし応援していただけたら嬉しいです。