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借りパク奇譚(11)

もっとロマンチックな言い方ができなかったものか。ただ、その時口から出た言葉はそれだった。

彼女は笑ってくれ、それから黙った。長い沈黙、彼女はなんと返事をしようか悩んでいるみたいだった。

フラれる! 彼女が次に何かを言おうとした時、そう察知した山田は被せて全然関係のない話を始めた。その後も会話が途切れないようにずっと喋り続けた。勢いでお酒もどんどん飲んだ。結果、酔い潰れた山田は最後彼女に介抱され、タクシーに乗せられ、帰されるという大失態を犯した。

翌日、気がつくと玄関で寝ていた山田。自分の不甲斐なさに打ちひしがれながら、急いで彼女にお詫びの連絡を入れた。しかし彼女からの返信がくることはなかった。

たとえ想いが通じなくても、笑顔で「ありがとう」のはずが、なぜこんなことになってしまったのか、悔やんでも悔やみきれなかった。

ところがデートから1ヶ月、もう一生会えないだろうと絶望していた山田のもとに、突然千佳からメッセージが届く。

柳田と別れることにしました。もし山田さんにまだ気持ちがあれば、私を借りパクしてくれますか。

天にも昇る気持ちだった。想いが通じた。彼女は自分を選んでくれたのだ。これからは目一杯愛を表現できる!

しかし、すぐに強い罪悪感が湧き上がる。自分は柳田を裏切ってしまったのではないか? やはりこんなやり方はフェアじゃなかったんじゃないか? ただ、もう後戻りはできなかった。山田は自分がやったことに責任を持ち、覚悟を決めなくてはならなかった。

柳田から連絡が来たら、状況をきっちりと説明し、謝罪する部分は謝罪する。ただ、彼女をオンリーワンと思っていない柳田には彼女を渡せない、そうはっきり伝えるのだ。それが自分にできる全てだった。

ところが以後、柳田から連絡がくることはなかった。観戦の誘いは当然のこととして、クレームの連絡も一切ない。結局、柳田にとって千佳はどうでもいい女だったのかもしれない。

このようにして、山田は柳田から千佳を借りパクした。交際はそろそろ1年になる。交際は順調で、来月にはふたりは結婚することになっている。

「千佳さんは柳田から何の連絡が来ないことに対してなんて言ってるんですか?」

おれはおもわず質問していた。

「特に何も……」

「……」

「千佳さんは、柳田とはもう会っていないんですか?」

無邪気にデリケートな質問をするボンネ。

「ええ。絶対ないと思います……たぶん」

不安そうな顔をする山田を見るのは少し辛かった。

「カンさんは全然パクじゃないですよ、むしろ救世主! 正直、『懺悔の門』の時は、さすがにこの人借りパクしすぎだろうと思ってました。ただ、この件に関しては正しかったと思います」

ボンネが熱く感想を述べる。冗談を交えつつ赤裸々に告白した山田。確かにそこに嘘偽りはなかった。おれも山田のしたことは正しいと思った。

「ありがとうございます。そういっていただけると嬉しいです」

ボンネに励まされ、だいぶしおらしくなっていた山田の顔に明るさが戻り少しほっとする。

「クロエさんはどう思いますか?」

おれはクロエに話を振ってみる。女性視点での意見を聞きたかったのだ。

「……えっ、あ、はい」と先生の話を聞いていなかった生徒のようなリアクションをするクロエ。

やはり。さっきから少し気になっていた。
彼女は山田の話の途中から、どこか上の空のような感じだったのだ。山田の話があまりにも長くて飽きてしまったのか?

「女性としてカンさんの話をどう思ったのか、差し支えなければ教えて欲しいです」

おれは補足して再度たずねる。

「ええ、……やはり気持ちがあるかないか、それが一番大事かと思います。お互いに気持ちがあればずっと一緒にいられるし、どちらかにそれがなくなってしまえば、もう一緒にいられない」

受け取りようによっては如何様にも取れる返答をするクロエ。期待していた回答とは違ったのか、山田は微妙な表情を浮かべる。

「あ、2回目のデート、その時に千佳さんの状況がどうだったにせよ、全く興味がない相手とはデートしないと思います。告白される前からカンさんの気持ちには気がついていたと思いますし、千佳さんがカンさんと一緒にいたいと思ったからこそ、カンさんとのところへ来たのではないでしょうか」

山田の表情を見てやばいと思ったのか、クロエはそう付け加える。

「ありがとうございます! そうですよね。私もそう思ってました」

満面の笑みを浮かべる山田。それを見つつ、おれはやはり考えてしまう。千佳は本当にもう柳田のことをどうとも思ってないのだろうか? 柳田にとって千佳とはただの遊び相手だったのか? 山田は今度千佳と結婚するという。実際、柳田と千佳の関係が切れていなくても結婚すればどうとでもなる、山田はそんなふうに考えてはいないだろうか。結婚式の招待状をもらった後、おれがどんなに言ってもフィアンセとの馴れ初めについて教えてくれなかった理由が今ならわかる。それを知れば、絶対におれが結婚に異議をとなえるだろうから。胸くそわるい気持ちが膨らんで、おれは今度は助けを求めるように亮潤を見た。けれど亮潤様は静かに目をつむったまま、相変わらず山のように静かにそこにいるだけだった。2、3秒の沈黙があって

「最後はクロエさんですね。お願いします!」

と今やすっかり進行役になったボンネがクロエに声をかける。

「はい……今からする話は、ひどく荒唐無稽に聞こえるかと思います。私自身もそれが事実であったのか、時々信じられなくなります。ただ、確かに私は他人から時間を奪い、自分の時間が増えるという体験をしました」

そう言って彼女は話し始めた。それは今日聞いた中で、誰よりも奇妙な話だった。

(12)に続く


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