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ユーザー体験重視のビジネス潮流においてサプライヤー企業が考えておくべきこと


UX(ユーザー体験)重視のビジネス潮流

既存事業の価値創造プロセスの見直し、あるいは新規事業開発を通じた価値創造を模索している企業は多いと思います。

価値創造についての考え方はいろいろと提示されていますが、ユーザー体験(UX)が重視される昨今のビジネス潮流では、ハードウェア/ソフトウェアの各種プロダクトの優位性(=製品力)だけでなく、サービスを含めた「ソリューション提供力」を高めていく必要があります。

これまでメーカーの価値創造の中心は(ハードウェアを中心とした)プロダクトでした。しかし、これからは「プロダクトの使用を通じたユーザー体験(UX)」が重要になると考えられます。ビジネスの世界では着実にモノからコトへ、製品から体験へ、所有から使用へという流れが始まっています。

UXの重要性は消費者向けビジネスだけで起こっているわけではありません。法人向けビジネスでもUXの重要性は高まりつつあります。

「ソリューション」という言葉がそれを端的に示しています。

自動車部品メーカーなどのサプライヤー企業は直接的にはプロダクトを提供していますが、実際には単にプロダクトを提示して買ってもらうことが提供価値の中心ではありません。サプライヤー企業の提供価値の中心は、やはりソリューション(問題解決)につながる提案です。

そうなると、問題がどこにあるのかを顧客企業と一緒に探ったり、あるいは顧客企業に「そもそもこれは問題なのでしょうか?」と問いかけたりする行為が重要になります。「サプライヤー企業の担当者がいなければできなかった議論の体験、検討の体験」を提供することにサプライヤー企業の価値があるということです。

また、困ったらすぐに駆けつけてくれる、他社製品のことでも相談に乗ってくれるという「対応の良さ」もサプライヤー企業のサービス価値だといえます。

当然、これらのサービスはきちんと「サービス価値」として認識され、それが製品価格に上乗せされる(あるいは、そこを理解してもらって正当な製品価格でも受け入れてもらう)ことにつながらないといけません。サービスそのものは無料であっても、それに投じられた労力やコストは間接的に製品の価格に転嫁される必要があります。

「プロダクト+サービス」の価値

ここが難しいところなのですが、「サービスにこそ価値がある」あるいは「プロダクトとサービスの組み合わせこそが、わが社の提供するソリューションの中核価値である」ということを社員も自覚し、また顧客にもきちんと伝える努力が必要になります。

より良いUXの実現には、プロダクトとサービスの最良の組み合わせが必要ですが、それを実現するには従来どおりのやり方を推し進めるだけでは不十分でしょう。これまでプロダクト中心で思考してきたメーカーがサービス(とプロダクトの組み合わせ)を自社の提供価値の中核に据えるためには、ものの見方や考え方あるいは自社事業の構想、長期的な展望やシナリオをある程度イメージして、構築することが重要になります。

プロダクト一辺倒ではなくサービスをも価値提供の射程に入れるとなると、社員のスキル構築、サービス価値創造のしくみ、社外パートナーとの連携など、これまで以上に広い視野で事業を構想し、実際に動くしくみを構築していく必要が出てきます。当然、そうした構想力やビジョン、シナリオ構築力があるのとないのとではサプライヤーとしての価値提供にも差が出てきます。

つまり、ある程度長期を見据えた構想によって、これまで以上に多くの関係者をビジネスのしくみの中に巻き込み、その上で顧客企業の体験価値を高める「プロダクト+サービス」の組み合わせを考え、実現することで、より高い付加価値を実現できる、ということになります。

進取の精神と遊びの文化

こうしたことはメーカーにとっては大きな変革であり、骨の折れることかもしれません。

その変革を実現するためには、経営層から現場の第一線の社員に至るまで進取の精神や変革マインドが必要になると思いますが、それに加えて、あるいはそれ以上に、組織に「遊びの文化」を根づかせることが重要なのだろうと思います。個人レベルでは「遊び心」を持つということです。

ここで言う「遊び」とは、そのものずばりの「遊ぶ」という意味もありますが、それだけではありません。遊びには「余裕」(建築用語で言うなら、構造上必要な「緩み」のこと)という意味もあります。自動車でも「ハンドルに遊びがある」と言いますが、あの「遊び」です。

遊ぶとき、人は「楽しんで」それをやりますが、何かを楽しんでやれるためには「余裕」が必要です。余裕とは、第一に個人の精神的な余裕ですが、その余裕は個人と個人の接合部にも余裕を生み出します。

今後、サプライヤー企業がいろいろなプロジェクトに取り組んで新規事業の開発や新分野の開拓に乗り出すとき、様々な試行錯誤が必要になります。そのとき、社内に遊びの文化が根づいていれば、試行錯誤を楽しむことができるでしょうし、また試行錯誤の過程でメンバー同士で衝突が生じても致命傷にはなりにくいはずです。

これからの価値創造モデル

ここまでに出てきた「プロダクト+サービス」、「構想、シナリオ構築」、「変革と遊びの文化」を図にすると以下のようになります。

この図は「U(ユーザー体験)を実現するためにはP(プロダクト)とS(サービス)の融合・組み合わせが必要だが、それだけでは不十分で、上位概念としてV(ビジョン/ビュー)が必要であると同時に、V・P・Sを生み出すC(文化)が不可欠である」ということを意味しています。

このモデルの中で、個人的にはサプライヤー企業の場合は「V」と「C」が難しいと考えています。

プロダクトはメーカーの専門領域なので、開発エンジニアがある程度マーケティング思考を身につけることで、市場ニーズを考慮した製品開発が可能になると考えています。また、サービスついても誰もが何らかのサービス受益者であるので、個人の体験に置き換えて考えればイメージしやすいはずです。

一方、長期的な展望を持ったり、長期でビジネスを構想したりすることは、経営層を除けば多くの社員にとって経験のないことです。また、「遊びの文化」と言われても、サプライヤー企業の社員のみなさん(特に開発エンジニアのみなさん)は基本まじめなので、いきなりそんなことを言われても対応に苦慮するかもしれません。

ただ、この「V」と「C」のうち、「V」については研修やワークショップに参加することで、あるいはコンサルタントと一緒にプロジェクトを推進することで身につけることが可能なので、やり始めてしまえば(多少の時間はかかりますが)最終的に構想力を獲得することは可能です。

遊びの文化とエンターテイメント精神

「C」については、これは元々のパーソナリティも関わってくるので、難しい人もいるかもしれません。

私は、ユーザー体験が重視される世界では、エンターテイメント精神が重要になると考えています。エンターテイメント精神とは、「相手を楽しませたい」、「相手を楽しませて自分も楽しみたい」、「相手と一緒に楽しみたい」という心のあり方のことを言います。

当然、仕事である以上「真摯である」ということは外せません。

ですので、仕事におけるエンターテイメント精神とは「真摯であり、かつ仕事を楽しめる精神」、「まじめではあるけど、楽しんで(ときに、おもしろおかしく)物事を進めることのできる資質」と言い換えることができるかもしれません。
(逆に、冗談の一つも言えない人、自分だけ楽しんで他人を楽しませることを考えない人、あるいは愚痴と皮肉しか言わないような人にはエンターテイメント精神がないのかもしれません)

遊びの文化、あるいは余裕は事業開発の難しさをどう乗り越えるかという課題とも関わります。

開発の分野では20年以上も前から「多産多死モデル」へのシフトが提唱されています(個人的には「多産多死」という言い方は好きではないのですが、一般化している言い方であり、かつ別の表現が思いつかないので、そのまま使わせてもらいます)。多産多死モデルとは、開発テーマをはじめから絞り込むのではなく、はじめは多数の開発テーマに資金投入しておいて、ある段階で見込みのないテーマを中止して生き残ったテーマに人材と資金を集中させるという開発マネジメントの考え方です。

多産多死モデルの実施には、仮説の構築と検証、事業シミュレーション、モデル化など、システマチックなマネジメントが必要になりますが、同時に、マネジメントにおける「遊び」、つまりムダ使いの許容がある程度必要になります。正確には、プロジェクト初期におけるムダ使いを許容することで生き残った開発テーマの成功確率を高める、という考え方です。

難しい課題ではありますが、ユーザー企業ですら正解がわからない新領域で仕事を獲得するためには「数を撃って当てる方式」も必要になります。そのためには、遊びの文化を根づかせるなど、組織文化の変革が必要になることも考えておくべきでしょう。

ちなみに、組織文化や組織風土の変革には時間がかかりますが、採用や育成、配属、評価のしくみを「進取の精神と遊びの文化」を醸成する内容に変えて、根気よく運用することで少しずつ、しかし着実に変革を進めることができます。

まとめ

UX(ユーザー体験)重視のビジネス潮流におけるサプライヤー企業の価値創造のあり方(価値創造モデル)について、コンサルタントとしての企業支援の経験をベースに解説してきました。

多くのサプライヤー企業が自社の既存事業あるいは経営そのものが曲がり角にさしかかっていると考えていると思います。

企業経営というものが本来的に「環境適応業」であると考えると、常に変化を意識し、変化への対応を考えることは適切なマネジメントのあり方だといえます。

今回は、その変化対応について何らかのヒントを提供できればと思い、筆者自身が考える「サプライヤーの価値創造モデル」を紹介しました。

既存の事業モデルの良い点を活かしつつ、新しい状況に対応できるモデルを構築していただければと思います。

(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。

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