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時を越えた瞬間の記録【ヴェクショー】

2018.10.23 Suède, Växjö

慣れた手つきで手際よく、彼はたっぷり溶かしたバターのフライパンにミンチ肉をスプーンでまるめて転がし落とす。彼女はというとダイニングのテーブルに食器を出したり、ワインを準備したりでキッチンにいない。台所でテキパキと準備を整える彼に、所在無さげなわたしはせめてでも何か手伝いたいと声をかけると「じゃあ火加減を見ておいて」とまるで子どもに話しかけるように指示が出た。「Ja!(はい!)」ごくわずかの知っているスウェーデン語を声色と音調だけ操って元気よく返答をする。

わたしがその団子を作ろうとしても、一生懸命コロコロと丸めようとしても完全な丸にはならない。そもそも変な形でもかまわないし、きちんと火が通っているだけでKöttbullar(ミートボール)は出来あがる。スウェーデン人の彼が作る人生で何百個、何千個めかもわからない伝統料理の肉団子は当然ながら大きさが整い、日本人のわたしが作ったものはいびつな大きさと形になった。それでも小さなボールたちは、平等にじゅうじゅうと音を立て高温で騒ぎ立てる。よし、完成だ。彼は彼女にそう優しい声で呼びかけ、ジャガイモ、ピクルス、ミートボール、クリームソース、そしてコケモモのジャムを添えて1時間もかからず、料理を仕上げた。

全ての所作が日常生活に溶け込み、気取ることや肩肘を張ることもなく洗い物をこなしながら料理をする彼の姿に見とれ、「何を準備したらいいのか」なんてひとつも問わずにテーブルを美しく飾り付ける彼女を愛おしく思う。華やかではないけれども静かに愛を育む彼らのような夫婦がこの世界に存在するという事実を、祝福しないわけにはいかないだろう。平穏な日常という大きな喜びが胸に押し寄せ、食べる前から幸福でお腹が膨れてしまった特別な夕食の時間、スウェーデン・ヴェクショーの街の黄色い家で。

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