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論文忘備録①

先輩から教えてもらった論文、きっちり読んでみたので訳してまとめておきました。昆虫と植物の相互作用に、昆虫腸内細菌の視点をプラスした面白い論文でした。

「Gut-Associated Bacteria of Helicoverpa zea Indirectly Trigger
Plant Defence in Maize」
Journal of Chemical Ecology (2018) 44:690–699

【要約】
昆虫の腸内細菌が昆虫自身あるいは植物防御に果たす役割を調べるために各種試験を行なった。野外で捕獲したアメリカタバコガの腸内より単離した細菌(E.ludwigii)をラボ内飼育のアメリカタバコガに接種した。結果、生育に有意な影響はなかった。一方で、免疫に関わる遺伝子であるグルコースオキシダーゼとリゾチームは唾液腺と中腸において発現量が増加した。グルコースオキシダーゼはトウモロコシ葉に特異的な防御応答を引き起こすため、結果としてアメリカタバコガへのE.ludwigiiの感染が植物防御の誘導に繋がることとなった。


【背景】
昆虫と植物には食う-食われるの関係があり、植物は昆虫の食害に対して防御を行います。植物は昆虫による食害因子(唾液、吐き出し液、糞など)に応答し、ジャスモン酸というシグナルを伝達して防御を開始するのです。この防御応答は、植物種や昆虫の唾液成分組成によって固有の反応を示します。

例えば、昆虫の唾液成分として一般的なグルコースオキシダーゼ(消化酵素)は、タバコ葉の防御応答を抑制しますが、トマト葉では反対に防御応答を誘発します。昆虫の唾液には他にも多様な分子が含まれており、それぞれが植物の防御応答に対して異なる作用を示します。ここでアメリカタバコガの幼虫の唾液を例に説明します。唾液中に含まれるグルコースオキシダーゼは、トマトの防御応答(ジャスモン酸シグナル伝達、タンパク質消化酵素阻害剤)を誘発しますが、唾液中に他にも含まれるATPaseは、これらの防御応答を阻害します。防御したい植物と防御されたくない昆虫の闘いです。

こうした植物の防御を誘導(=誘発)する化合物をエリシターと呼びます。上記の例で言うと、唾液中のグルコースオキシダーゼがエリシターです。

昆虫の前腸から逆流する吐き出し液は、器官で作られる唾液とは違い、自身(昆虫)や食餌(植物)由来のタンパク質や細菌が含まれ、これらにも植物の防御を誘導するものがあります。エリシターとなる化合物の研究はそれなりに進められてきましたが、吐き出し液中の細菌が持つ作用にはあまり注目されてきませんでした。

昆虫の腸内細菌は生息環境によって大きく違い、野外で捕獲した昆虫とラボ内飼育の昆虫ではその組成も密度も異なります。今回、野外で捕獲したアメリカタバコガ幼虫の腸内から単離したE.ludwigiiという細菌に着目して実験を進めました。


【実験と結果】

野外の個体とラボ内飼育の個体にそれぞれトウモロコシ葉を摂食させ、植物の防御応答量を測定した。指標として、植物が発現するMPI(タンパク質消化酵素の阻害剤)量を測定した。
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ラボ内飼育の個体に比べ、野外の個体の方が食害により有意に強く植物防御を誘導した。

ラボ内飼育の個体に細菌を摂取した個体を用意した。感染個体と非感染個体にそれぞれトウモロコシを摂食させた。
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感染個体は非感染個体に比べて、ジャスモン酸経路の防御応答であるMPIの発現誘導量が多かった。一方で、サリチル酸経路の防御応答であるPR5の発現量は感染個体の食害で抑制された。

トウモロコシの葉に物理傷を与え、感染個体の吐き出し液、非感染個体の吐き出し液、PBSバッファーを塗布し、MPIの発現量を測定・比較した。
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発現量は、無傷葉<PBS<非感染個体<感染個体となった。

トウモロコシの葉に物理傷を与え、感染個体の唾液、非感染個体の唾液、PBSバッファーを塗布し、MPIの発現量を測定・比較した。
→→
発現量は、無傷葉<PBS<非感染個体<感染個体となった。

アメリカタバコガの感染個体、非感染個体をさらに吐糸管切除個体、非切除個体に分けた。これら個体にそれぞれトウモロコシを摂食させた。
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感染個体において、吐糸管を切除するとMPIの発現量は低下した。非感染個体においても吐糸管を切除するとMPIの発現量は低下した。吐糸管切除個体においては、感染と非感染の差は有意ではなかった。つまり、MPI発現量の差は、吐き出し液の条件の違いではなく、唾液の条件の違いに拠るといえる。

グルコースオキシダーゼの発現量を感染個体、非感染個体において、口唇腺と中腸組織で測定した。
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口唇腺と中腸組織ともに、感染個体で有意にグルコースオキシダーゼの発現量が増加した。

E.ludwigiiの感染が唾液腺のグルコースオキシダーゼの分泌を促すかどうか調べるため、トウモロコシ葉の食害部に付着したグルコースオキシダーゼ量を測定した。測定方法はグルコースオキシダーゼ特異的な抗体を用いたウェスタンプロッティング法である。
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感染個体による食害部では非感染個体に比べて有意に多いグルコースオキシダーゼが検出された。

グルコースオキシダーゼの量依存的な作用を調べるために、トウモロコシ葉に物理傷を与え、PBSバッファー、少量(80ng)グルコースオキシダーゼ、多量(240ng)グルコースオキシダーゼを塗布した。それぞれのトウモロコシ葉のMPI発現量を測定した。
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多量グルコースオキシダーゼ塗布画分でMPI発現量が有意に増加したが、少量画分とバッファー各分野では有意差はなかった。

トウモロコシ葉に物理傷を与え、PBSバッファー、少量(80ng)グルコースオキシダーゼ、多量(240ng)グルコースオキシダーゼを塗布したもの、無傷の葉を用意した。これらをアメリカタバコガ幼虫に摂食させ、体重を測定した。
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無傷の葉を食べた個体が最もよく成長した。バッファー画分と少量塗布画分の葉を食べた個体間では有意な差がなかった(無傷の葉を食べた個体よりは有意に減少)。多量塗布画分を食べた個体の体重はさらに有意に減少した。


【考察】

アメリカタバコガの腸内細菌E.ludwigiiは、宿主幼虫の免疫系遺伝子の発現を誘発し、これをエリシターとして認識する寄主植物の防御を誘導する。この結果は、植物と昆虫の相互作用を腸内細菌が媒介することを示す。
アメリカタバコガ幼虫はいつも反芻を行う訳ではなく、トウモロコシ葉の接触部位に付着した吐き出し液量は約1nLと僅かであった。これは試験でトウモロコシ葉に塗布した吐き出し液量(20μL)よりはるかに少ない。
グルコースオキシダーゼはこれまでエリシター活性がないとされてきたが、今回の一連の結果から、新規な植食者由来エリシターであると明らかにした。
また唾液中のリゾチウムが植物防御の誘導に関わる可能性もある。リゾチウムはグリコシダーゼ活性により細菌の細胞壁ペプチドグリカンを分解することで、抗菌活性を発揮する。こうして遊離した細菌細胞壁断片がエリシター活性を持つ可能性がある。例えばリポサッカロイドや、それ由来のタンパク質はグラム陰性菌の細胞表面を構成する主要成分であり、いくつかの植物でエリシター活性を持つと知られている。
昆虫の腸内細菌のコントロールにより、害虫管理および植物の抵抗性と生育の向上に繋がる可能性がある。


【所感】
本研究では、アメリカタバコガ幼虫が腸内細菌E.ludwigiiに反応して分泌したグルコースオキシダーゼが、トウモロコシの防御を誘導するという結果が得られました。これは昆虫の腸内細菌が植物の防御に関与するという新規で面白い例だと思います。

本研究登場のアメリカタバコガは広食性で、トウモロコシ以外にもトマトやマメ科植物も食害します。面白いことに、トウモロコシでは防御を誘導するグルコースオキシダーゼがトマトやマメ科ではある種の防御を抑制すると知られています。(Po-An Lin et al., 2021)

トウモロコシにおいてグルコースオキシダーゼは MPI : maize proteinase inhibitor (消化酵素阻害剤)を誘導することで昆虫に対し防御します。トマトでも同様にグルコースオキシダーゼに反応してジャスモン酸経路が働き、pin2 : proteinase inhibitor 2(消化酵素阻害剤)が誘導されます。一方でトマトの持つもうひとつの防御は抑制されます。植物中のβ-D-グルコースとグルコースオキシダーゼの反応中にグルコノラクトンが生じる際に、過酸化水素が同時に発生するのですが、この過酸化水素が植物の気孔を閉じさせることで、植物体から香りが放出されなくなるのです。植物は食害を受けるとSOSの香りを出してイモムシの天敵である蜂を誘引するのですが、気孔が閉じるとこの香りによる防御ができないというわけです。グルコースオキシダーゼによって、昆虫に対する直接的な防御は誘導されますが、間接的な防御は抑制されるということです。

まさに植物と昆虫の適応戦略のぶつかり合い。一見シンプルな食う食われるの関係の中にも、彼らが億年単位の歴史の中で築いてきた戦い方が多く見られますね。


【参考】
Po-An Lin et al. (2021). Silencing the alarm: an insect salivary enzyme closes plant stomata and inhibits volatile release. New Phytologist, 230: 793–803.

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