ベトナム料理の女性シェフ33歳・広島【後編】チャンスを引き寄せるには「その時一番わくわくする方へ」
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ベトナム料理の女性シェフ33歳・広島【後編】チャンスを引き寄せるには「その時一番わくわくする方へ」

中国新聞U35

 ベトナム料理と自然派ワインの店「CHILAN(チラン)」(廿日市市阿品)のオーナーシェフ、ドグエン・チランさん(33)。後編では、チャンスを自分に引き寄せてつかむためのルールを打ち明けてくれました。(聞き手・新本恭子、写真・高橋洋史)

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ベトナムには思い入れがありますか。

 思い入れというよりも「理解したい相手」といった感じです。実は30歳になるまでベトナムには行ったことがありません。ベトナムと日本という二つの文化の板挟みに、嫌気がさしていた時期もありました。
 22歳で日本国籍を取得し、戸籍上も日本らしい名前になりました。でもそうすると反対に、ベトナムのアイデンティティーを強く意識するようになったんです。ないものねだりですね。愛着のある名前なので、シェフとしては「ドグエン・チラン」の名前を使い続けています。

 両親はともにベトナム北部の出身です。もともと父は留学生として東京の大学に通っていました。一時帰国した時に幼なじみの母と結婚したそうです。父は単身で日本に戻ったのですが、戦争が激化して帰国できなくなりました。難民として永住権を取得し、家族を呼び寄せる手続きは大変だったと聞きました。結局、母が日本に来られたのは7年後。苦労したようです。
 今もかたくなにベトナムに帰ろうとしない親からは戦争の傷痕を感じます。一方で、私は戦争があったから、恵まれた環境で生まれ育ったという複雑さもある。だからこそ、生まれながらに持っていたり簡単に手に入ったりしたものを、過小評価しないようにしています。今ある豊かさに感謝できる人間でありたいです。

チランさんはどうして料理の道に進んだのですか。

 甘い物が好きなのでパティシエ志望だったんです。高校を卒業したら専門学校に進みたくて。でも、中学受験、高校受験を経て当時いわゆる進学校に通っていたので、当然大学に進学すると思っていた親には反対されました。それで妥協点として2年間、米国のコミュニティーカレッジに留学することにしたんです。
 友達が受験勉強に忙しい中、私は留学を決めて時間があったので、港区白金台のフレンチレストラン「ステラート」で、キッチンのアルバイトを始めました。そこでの経験や尊敬するシェフとの出会いがきっかけで目標を定めました。 

どんな経験をしたのですか。

 ハイエンドで、部活帰りの高校生が働くような店ではなかったんですけどね。逆に面白がって採用してもらいました。コックコートを着て、無駄のない所作で料理を作りあげるシェフたちは、すごくかっこよかった。そして、高校生アルバイトである私の仕事の向き合い方にも容赦なかったんです。その空間にいる以上、プロとしての質を求められました。デザートのアイスをスプーンでクネルする(くり抜く)のに、シェフの合格が出るまで3カ月掛かりました。対等に扱ってくれたんです。自分にも他人にも厳しい職人の世界っていいなと憧れたのが、この道に進んだきっかけです。

 留学しても目標は揺るがなかったので、きっかり2年で帰国し、その後は働く店を転々としました。やりたいことをやれるチャンスが舞い込んでくれば飛びつくしかない、というマインドで、結果的に店をいくつも移ったり海外研修に行ったり。基準は自分の心の動く方、その時一番わくわくする方を選んでいます。

海外研修ですか。どこの国に行ったのでしょう。

 フランスやオーストラリア、ニュージーランドです。あちこちふらふらしているように見えるので、人からは何をしたいんだろうと思われることも多いです。でも、回り道をするからこそ得られる新しい視点や出会いがある。オーストラリアとニュージーランドにはワイン造りを学びに行ったのですが、一番影響を受けたのは考え方や生き方でした。というのも、お世話になったワイナリーの人たちは仕事する横で子どもを遊ばせたり一緒にブドウを収穫したり。家庭も両立していて、人生を全力で楽しんでいました。大きな衝撃でした。

「夢は声に出して語る」もルールなんですね。

 そうです。言うのはタダなので。海外行きたい、育児と仕事を両立させたい、あれしたい、これしたい…。それも1回じゃなく、ずっと口に出し続けるんですよ。すると聞いてくれる相手が違うから、いろんな意見や情報を集められる。頭も整理され、取捨選択の精度も上がります。
 夢を語ると大抵の人は反対しますけどね。でも、反対されればされるほど燃えるタイプなので。「あなたにはできなくても私にはできる」って。

 今の夢は?

 短期的にはCHILANの熟度と精度を上げたい。食材も、調理法も、プレゼンテーションも、内装も営業スタイルも、まだまだやれることだらけです。

 長い目で見ると、定期的に海外に学びに行ける体制を整えたい。ベトナムではビンテージの器の保全にも関わりたい。いろんなレストランやクリエーターさんとコラボレーションしたい。レシピ監修した商品を全国区のコンビニやスーパーに置いてみたい。子どもに誇れる母親になりたい。教育に関心があるので食育にも関わりたい。女性シェフの一つのロールモデルになりたい。ね、言うのはタダです。


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