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「エキニシ大火」の現場で新人記者たちが見た悲しみ、そして街の懐の深さとは

 JR広島駅西側の飲食店が連なる通称「エキニシ」(広島市南区)で10日早朝に発生し、26棟を焼いた大規模火災。現場には連日、入社1年目の若い記者たちも訪れています。彼らの胸に突き刺さっているのは、飲食店主らの悲痛な思い。そして取材の中で見えてきたのは、この街の懐の深さ、といいます。

一報

 2021年11月10日午前6時。会社用の携帯電話の着信音で佐藤弘毅(30)は目が覚めた。県警担当の先輩記者からだ。「広島駅の西側で火事らしい。現場に行って」。すぐに支度をし、大事でないよう祈りながら車を走らせた。しかし、現場に近づくにつれて大きくなる消防車やパトカーのサイレン、焦げた匂いに嫌な予感が増す。そして、複数の建物を包む大きな炎が目に入った。汗が止まらない。

エキニシU35③


 車を止めて徒歩で現場に近づく。すでに多くの人が集まっていた。心配そうに燃える建物を見つめる人や、携帯電話で写真や動画を撮影する人。手当たり次第に話を聞いた。「自分の店は被災を免れたが、知り合いの店の状況が心配」「3年前にも火事があった。対策が必要だ」‥。
 地元自治会長は「消防の指導でできる限りの防火対策はしてきたのに‥」と悔しがる。不安と疲弊がにじむ表情に、佐藤は胸が苦しくなった。「新型コロナウイルス禍の県の集中対策が解除され、街に活気が戻り始めたばかり。誰も火事なんて望んでいないのに‥」

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被災者の涙

 東山慧介(28)もまた、先輩記者からの電話でたたき起こされ、現場に向かった。煙が立ち上る中、規制線の外側にあるワインバーで、避難した人たちが身を寄せ合っていた。店主がホットウイスキーを振る舞っている。飛び込んで、話を聞いた。
 「一度は集会所に避難したけど、現場が見えない所におったら不安で…。本当にありがたい」。カラオケスナック店のママ(76)が、肩を震わせながらグラスを握り締める。そのママに店の関係者たちがいたわりの声を掛ける。その様子に耳を傾けながら、ここは助け合う土地柄なんだ…。東山は胸が熱くなった。

東山記者エキニシ


 取材で出入りするうち、店主の好意で、このワインバーの2階は取材の「前線基地」となった。記者たちは、ここで原稿やメモを執筆したり、休憩したりしながら、街に張り付いた。
 戦後の古い木造建築が隣り合う大須賀地区。ここ10年ほどで、個性豊かな飲食店が次々とオープンし、「エキニシ」と呼ばれるようになったのは近年のことだ。駅前で進む再開発を逃れ、昭和なレトロ感に加えて猥雑でカオスな雰囲気をまとう独自の「進化」を遂げた。
 コロナ禍の中で働き始めた若手記者たちは、外出自粛のため、エキニシで飲食した経験もなく、まさに未知の地。だが、取材を重ねるにつれ、被災の切実さはそれぞれの胸に迫ってきた。

エキニシU35⑤


 東山は、居酒屋を営む女性(61)が店内の被災状況を初めて確認する場面に立ち会った。そっと話しかけると、女性は18年間店を続けてきた歩みや再開への決意を話し始め、みるみる目を潤ませた。「初めて涙が出た」と打ち明ける女性に東山は、もらい泣きしそうになった。「火災を取材した記者として、今後の復興も粘り強く追い掛けたい」。自分の中に今、芽生えている正直な気持ちだ。


人情の街

 取材応援で現場に入った阪本茉莉(25)も、すぐにこの街の絆を目の当たりにする。被災した店のがれきやごみを運び出す作業を、ほかの店の関係者が積極的に手伝っていた。無償でラーメンを振る舞う店もあった。

エキニシU35②


 火災では、飲食店12店が休業を余儀なくされた。被災店にあったビールや日本酒をほかの店が代わりに販売し、売り上げを全額寄付する取り組みが始まる動きを、阪本はいち早くキャッチ。「僕ら、つながりがあるんよね」。そう言って助け合おうとする店主たちに接し、絆の強さを感じている。

阪本記者エキニシ


 小林旦地(24)は、被災した韓国料理店の男性店長(38)と話した時のことが忘れられない。わざわざ片付けの手を止め、穏やかに対応してくれた。被害は比較的小さく、店の再開の予定も立っているのだろう。小林はそう思い込み、和やかな雰囲気で取材を始めた。
 だが、店内に入った瞬間、質問ができなくなった。2階に上がると屋根が焼け落ち、青い空が見えた。「再開の見通しは全く立っていません」。変わらぬ声で淡々と店長は言った。大事な店が焼けて、なぜこんなにも強く穏やかでいられるのだろう。混乱する小林に店長は続けた。「被災した人たちも僕の店の片付けを手伝ってくれる。そんな温かい街なんです。だから、ここで店を再開させたい」。前を向こうとする姿が、すごく強く見えた。


自問自答

 エキニシの魅力を話すときの、店主や客、住民の表情はとても明るい。江頭香暖(24)が街中で見たその女性(40)も、笑顔が生き生きしていた。だから、思わず声を掛けた。
 大のエキニシファンで、写真投稿サイト「インスタグラム」にエキニシの店や料理を紹介しているフリー編集者だ。この時も、スマートフォンで再建に向けて奮起する店主や街の様子をライブ配信し、エールを送っていた。

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(SNSでエキニシの街を発信するフリー編集者の女性)

 とはいえ、多くの店が巻き込まれた火災をどう思っているのだろう。思い切って本音を尋ねると、少しの間があって、こう返ってきた。「みんな本当は泣きたい気持ちだけど、笑ってるんです」
 江頭は自問した。「みんな、やり場のない悔しさや悲しさでいっぱいいっぱいなんだ。それなのに、初めて取材に行った私が、ずけずけと歩き回って何様なのか」
 だが記事掲載の翌日、女性から送られた御礼のメールの文面に江頭は勇気づけられる。「真摯(しんし)に話を聞いて、嘘偽りなく(記事を)書いてくださったのは、江頭さんだけでした」

江頭記者エキニシ


 実際、被災後の問題は山積みだ。「建物の修復がどう進むかが今の課題だが、見通しが立たないので不安」。鉄板焼き店を営む男性(51)は、阪本の取材にこう心境を吐露する。笑顔の裏に、さまざまな個別の事情や苦悩を抱えているのだ。被災し、傷ついた人たちと少しずつ距離を縮めながら、阪本は何度も自らに問う。「店主たちの気持ちをどこまで分かっているのだろうか」と。


ともに前へ

 中途入社の佐藤は、関西で生まれ育ち、6月から広島で暮らし始めた。外で酒を飲むのが趣味で、関西にいる時からディープな雰囲気の酒場を好んだ。エキニシの存在を知った時は「広島にもこんな場所があるのか」と喜び、新型コロナの行動制限が解除されたら必ず行こうと決めていた。
 こんな形で「エキニシデビュー」するとは想像もしなかったが、今は取材はもちろんプライベートでも店に足を運ぶ。すすだらけになりながら笑顔で作業をする飲食店主たちから悲壮感はあまり感じない。復興への強い意志が伝わってくる。一方で、連日訪れる報道陣へのストレスや不満の声を聞く機会も多い。

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 街の人たちとどう接し、何を伝えていけばいいのか。難しさも痛感しているが、新米エキニシファンとして通い続けるつもりだ。復興へ向けた街の動き。被災した人の思い。そして、再発防止への課題や対策…。伝えたいことがあふれている。

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