見出し画像

BTSやSHINee…アイドルの誕生日・デビュー日を盛大に祝う「センイル文化」@広島

 「センイル」って知ってますか。韓国語で「誕生日」という意味。隣国では「推し」のアイドルの誕生日やデビュー日をファンが盛大に祝うそうです。ケーキを注文したり、イベントを開いたり。大型ビジョンにCMを出す人もいます。K―POP人気を背景に、日本でも「センイル文化」が広がっています。広島でもファンたちが盛り上がっていました。(栾暁雨)

 「HAPPY テミンDAY」。7月18日、広島市南区に住む介護福祉士の女性は、韓国アイドルグループSHINee(シャイニー)のメンバーの29歳誕生日を祝う「センイルケーキ」を受け取った。自宅でミュージックビデオを見ながらケーキを頬張る。そしてSNSに投稿し、ファン仲間と喜びを分かち合う。そんな至福の時間を過ごした。

 ケーキは広島市中区橋本町の「カフェリナ」のもの。全国のK―POPファンに知られる人気店で、月30~40個の注文がある。センイルケーキは濃厚な味わいのバタークリームを使うのが特長。男性音楽グループBTSがデビュー9周年を迎えた6月は、メンバー7人の名前を描いたケーキにオーダーが相次いだ。

 洋菓子店「メゾンラブレ」(広島市中区本川町)でセンイルケーキを注文したのは南区の会社員小玉綾さん(35)。9歳の娘と一緒に応援しているBTSメンバーの顔写真プレートを飾ってもらった。「韓国の雰囲気が楽しめてSNS映えもする。自宅での『推し活』にぴったり」と喜んだ。店では3年ほど前から韓国だけでなく、日本のアイドルの誕生日用にケーキをオーダーする若い女性も増えているという。

 「アーミー(BTSのファン)」たちが集うセンイルイベントも盛況だ。6月の週末、広島市中区の韓国料理店に30~70代の女性11人の姿があった。新曲の感想などを語り合い、縫いぐるみやキーホルダーなどのBTSグッズを囲んで記念撮影。「コロナ禍でライブや韓国旅行に行けない分、推しへの熱い思いを発信したい」と、SNS投稿に余念がない。

 同じ日、近くの韓国料理店「ちょあ」には、ファン100人以上が来店。お目当てのカップホルダーは、ドリンクとセットで売られるBTSの写真入りのものだ。

 このカップホルダーは、アイドルの誕生日や記念日に合わせて、ファンが自主的に作る「応援広告」と呼ばれる形態の一つ。全国にいる熱心なファンが制作し、各地の飲食店などに置いてもらって店が配る仕組みだ。

 ちょあの店内にはポスターが壁一面に貼られている。スマホで撮影していた広島市西区の女子学生(20)は「自分の誕生日以上に大切な日。推しのセンイルが街中で祝われている光景そのものが喜び」と満足そう。友人の分も合わせてカップホルダーを10個購入し、早速その一つを持って街を歩いた。

 ちょあのパク・ソンジェ店長によると、昨年12月のBTSメンバーの誕生日には千人が来店。街にはカップホルダーを手にした若者が目立った。韓国の男性アイドルグループ「SEVENTEEN」や「TREASURE」のデビュー月とメンバーの誕生日月も、ファンたちでにぎわった。

 「応援広告」の進化形として、CMで愛を表現する人もいる。6月13日のBTS9周年の当日、広島市中区八丁堀交差点そばの街頭ビジョンに、ファンたちが企画したセンイルCMが流れた。東京の代理店を通じて全国のビジョンで一斉放映され、SNSの事前告知で知った女性たちがスマホを向けていた。

 有休を取って駆け付けた広島市東区の会社員女性(39)は、ツイッターでCM制作の募集を知り、3千円を払って参加したという。完成した映像を見て「ライブの名シーン中心の構成で、想像以上のクオリティー。多くの人にBTSの魅力を知ってほしい」と声を弾ませた。

 この女性によるとセンイルCMの仕組みはこうだ。アイドルの誕生日・記念日が近づくと、私設ファンクラブや熱心なファンがツイッターなどでCM企画を発表する。制作費はスマホ決済の送金アプリを使って集める。通常は1口千~5千円程度。代理店と交渉し、デザインやCMを流す場所を決めるという。ファンたちの熱量と行動力には驚くばかりだ。

 K―POP文化に詳しい北海道大の金成玟(キム・ソンミン)教授に「センイル文化」について読み解いてもらった。

 金教授は、センイルの盛り上がりを、ファン参加型の「ファンダムの象徴」と分析する。ファンダムとは熱心な愛好家を指す「fan」と集団などを意味する接尾辞「dom」を合わせた単語。ポップカルチャーの熱心なファンがつくる文化を指す。

 例えば韓国・ソウルでは、地下鉄駅や商業施設のビジョンなどを利用した大型のセンイル広告が増えている。金教授は「ファンダムには自分たちで楽しむだけではなく、応援するアーティストの素晴らしさを社会に訴えたいという強い気持ちがある」とみる。ソウルの風景を変えた広告は単なるアイドルへのプレゼントではなく、社会とのコミュニケーションツールでもあるそうだ。

 背景にはまず、SNSを通して個人一人一人が情報発信できるようになったことがある。いいもの、応援したいものは、個々が自由に広めることができる基盤が整った今は、ユーザーこそがメディアになる。

 その時代の波を韓国はうまくつかまえたようだ。「そもそもK―POPは、芸能事務所が一方的に所属アイドルをマネジメントするのではなく、ファンが主体的にアイドルに関わり成長してきた」と金教授。勝手にアイドルの写真を使われることなどに敏感な日本の事務所と違い、韓国はファンお手製の印刷物やCMにも寛大な面がある。

 イベントや広告でファンが率先して広報してくれると、事務所がお金を出さなくてもアイドルを公の場で見てもらえるメリットがある。「K―POP人気を支えているのはファンダムの力。センイルは世界中のファンの結束力と存在感を示す好機でもあるのです」