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はい、石下です!あの日の取材絵日記~海辺の小さな図書室の巻(尾道市瀬戸田町)

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 海が目の前に広がる。外にはパラソルやハンモック、キノコ型の椅子がある。そして、木造平屋の前に「海辺の小さな図書室」と書かれた小さな看板が立っている。その穏やかな雰囲気にひかれ、秋のある日に訪ねた。

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 出迎えてくれたのは、兵庫県宝塚市から移住した田嶋さゆりさん(51)「本に囲まれて暮らすのが夢だったんです」と、ゆっくり話し始めた。

 なるほど、3つの和室には小説や絵本、映画のパンフレット、DVDなど計約700点が並んでいた。ソファや座布団には地元の方が数人、くつろいで読書を楽しんでいる。「暖かい時季には、海のそばに本を持って行って読むのもOK」だそうだ。海の向こうに見えるのは、愛媛県上島町や今治市の伯方島。瀬戸内海の穏やかな波に太陽が反射してキラキラ光る。

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 自分の理想を詰め込んだ場所をつくった田嶋さんはこの春まで、趣味を楽しむ生活からかけ離れた時間を過ごしていたという。古里の兵庫県宝塚市のコンビニで30年近く、忙しく働いてきた。店長も務めた。当たり前のようにある長時間勤務。さらにコロナ禍が始まると客から暴言やクレームが増え、心身ともに疲れ果ててしまった

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 そんな時に思い出したのが、幼い頃に夏休みを過ごし、空き家になっていた母の実家だった。「落ち着いた生活がしたい」。そう思って、移住を決めた。荷造りをしていると、趣味で集めた本や雑貨が次々と出てきた。「これが私の好きだったもの。せっかく持って行くなら誰かに楽しんでもらいたい」。忙しさから忘れていた気持ちを思い出したのだという。

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 2021年9月、「海辺の小さな図書室」を静かにオープンした。気軽に来てもらおうと、入室料と飲み物代は合わせて、中学生以上600円、3歳から小学生300円に。すると口コミで広まっていった。地元の人が訪ねてきてくれて、本の寄付や野菜のお裾分けもいただいた。本や映画の感想を語り合い、お薦めの物語を紹介する日々。「人と接することが怖くなっていたけど、楽しみに変わりました」

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 後から知ったそうだが、田嶋さんの祖母チカ子さんは生前、「自分がいなくなったらここをみんなが集える憩いの場として使ってほしい」と話していたという。明るい性格で地元の人に愛された。「チカちゃんの孫ね」と田嶋さんを訪ねてくれる人には驚いたが、祖母が背中を押してくれているようでうれしかった。
 「おばあちゃんの夢も叶えられたかも。喜んでくれていると思う」。室内にいても聞こえる波の音や虫の声は昔と変わらない。思い出の詰まった家で、新しい時間が動き出した。(石下奈海、絵も)

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