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「令和のトキワ荘」!? 若手芸術家が続々集まる、広島の謎アパートの秘密

 一見、ちょっと古い普通のアパートだ。広島市中区鶴見町の川沿いにたたずむ「第2三沢コーポ」。今、ひそかに注目を集めている。広島を拠点に活動する20、30代の芸術家たちが、このアパートに続々とやって来ているのだ。部屋をアトリエ兼展示スペースにしたり、ギャラリーを開いたり。さながら、令和の「トキワ荘」! 何が人を引き寄せるのだろう。アーティストたちに、話を聞いてみた。(福田彩乃)

アーティスト心くすぐるDIY◎物件

 広島市立大大学院で学んだ染織作家、平浜あかりさん(30)のアトリエを訪ねた。コンコン。お邪魔しまー…入った途端、思わず叫んでしまった。わぁ、おしゃれ! じゅうたんを敷いた床に、窓辺に置かれた机といす。部屋の奥には、高さ2メートル近い織機が、どーんと置いてある。

平浜さんのアトリエ。とってもおしゃれだ

 2年ほどこの部屋を使う平浜さん。入室前に「1年半かけて壁や床を塗り替えたんです」とほほ笑む。これこそが第2三沢コーポ最大の魅力。アーティスト心をくすぐる、DIY可能な賃貸物件なのだ。「居心地の良い空間にカスタマイズできるから、作業に集中できます」
 「自然の音が聞こえるのもうれしい」と平浜さんが言うので、窓の外をのぞいてみた。アトリエは角部屋で、川に面している。耳をすますと、せせらぎや木々のざわめきが聞こえた。わあ、これはリラックスできそう。

作家仲間とゆるくつながる

 「トキワ荘」といえば、手塚治虫さん、藤子・F・不二雄さん、石ノ森章太郎さん、赤塚不二夫さんたち昭和を代表する漫画家が若き日を過ごし、切磋琢磨していた、東京・豊島区のアパート。1982年に解体されたが、当時の外観や居室を復元した「トキワ荘マンガミュージアム」が2020年にオープンしている。トキワ荘でマンガ談義が交わされていたように、広島の第2三沢コーポでも、熱いアート談義が繰り広げられているのだろうか。

織機に向かう平浜さん

 平浜さんは「階段や廊下で会ったら、ちょっと話すくらい」と苦笑い。それでも「あの展示、見たいよね」と盛り上がり、そのまま一緒に出掛けたこともあるそうだ。「作家仲間やアート好きの人とゆるーくつながれて、ほっとします。今風なトキワ荘ですね」

アート関係者、続々

 第2三沢コーポは、築45年の4階建て。全16室のうち半分近くの7室(各室42または46平方㍍)を、アート関係者が使う。1階には、近くの比治山(南区)に立つ広島市現代美術館の「分室」がある。リニューアル工事で来年3月まで休館中のため、ここで定期的に展覧会を開いている。

「第2三沢コーポ」の出入口付近。壁には、入居している作家が描いたイラストが

 1階には他に、ウクライナ出身で米国在住のアニメーター、ナタ・メトルークさんが6月から入室している。夏に広島市であるイベントに参加し、半年ほど滞在して作品を作るそう。2~4階には平浜さんを含む3人がアトリエを構えている。このうち2人は展示スペースも備える。謎解きイベントを企画するグループが会議室にしている部屋やギャラリーもある。
 昭和の「トキワ荘」のように、第2三沢コーポからもいずれ、世界に名を響かせるアーティストが誕生するかも…。

アートにやさしい大家さん

 「気持ち的に、とにかく楽ですね」と教えてくれたのは、広島市立大大学院を修了した染色作家、梅田綾香さん(28)。今年2月に入室した。それまでは、自宅でろうけつ染めをしていた。けれどスペースが限られ、部屋を汚さないかと気を遣いがちだった。「ここなら大作にも取り組める。染料が床に散らないか気にし過ぎなくてもいいし」と気に入っている。

梅田さんのアトリエ。壁いっぱいに、イメージを膨らませるためのドローイングが貼ってある

 「大家さん」がアート活動に理解があることも、入室の決め手となった。「何やってるんだ?って怪しまれる心配もないから、自然体で創作できます」。入室するアーティストたちがもっと増えてほしいと願う。

アパートという異色さ

 入室しているのは、作家だけではない。山本功さん(29)は、美術展の企画などに携わる「アート・マネジャー」。昨年末、4階の1室に「タメンタイギャラリー 鶴見町ラボ」をオープンした。コンクリートむき出しの床に加え、板間、畳のスペースも設ける。「空間ごとに違う雰囲気があるので、展示の幅が広がるんです」と目を輝かせる。

「タメンタイギャラリー 鶴見町ラボ」で話す山本さん

 すでに8回の展覧会を開いた。他の部屋に入室している作家と連携した展示も思い描く。「美術館とも普通のギャラリーとも違う、アパートっていう環境が良い。ちょっと異色な雰囲気が、刺さる人には刺さってほしいですね」

「大家さん」にもメリット

 「大家さん」こと、三沢管財(安芸区)の三沢正明社長(41)にも話を聞いた。第2三沢コーポは、2017年からDIYを受け入れる。その理由は「センスの良いDIYをしてもらえれば、部屋にとって価値のある変化になると考えたんです」。なるほど!

 仲介業者は介さず、知り合いからの紹介制で入居者を決める。当初はアーティストの利用は想定していなかったが、偶然契約した作家が別の作家を紹介したり、展示を見た人が入室を希望したりして、自然発生的に増えていったそうだ。
 「アパート全体がクリエーティブな場になればいいですね。書店やデザイン事務所も入ると、もっと面白くなるかも」と三沢社長。
 うーん、「令和のトキワ荘」は、まだまだ進化し続ける、かもしれない。