見出し画像

市販薬に依存するオーバードーズ。体への負担や広がる背景を専門家に聞きました

 市販薬などを大量に飲む「オーバードーズ」は若い世代にどのくらい広がっているのでしょう。体にどんな負担があり、防止のためにどんな対策が必要なのでしょうか。専門家は背景に若い世代の生きづらさがあるといいます。詳しく聞きました。(小林旦地)

相次ぐ相談 広島県内の診療所でも

画像2

 依存症に詳しい広島市安佐北区のこころの健康クリニック可部の倉田健一院長によると、広島県内の診療所でもオーバードーズの相談が相次いでいるといいます。コロナ禍の中でストレスや悩みをため込み、依存症に陥る患者は全体的に増える傾向にあるそうです。

 10代、20代の患者のオーバードーズの理由はさまざまといいます。つらいことがあると気分を高めるために風邪薬1箱全部を飲んでしまったり、スマホに依存して昼夜逆転している人がネット上の人間関係をストレスに感じて薬に依存したり。倉田院長は「いったん克服したと思っても、また手を出してしまう人も多いんです」と明かします。

オーバードーズグラフ替え

 厚生労働省の研究班が薬物依存の10代が主に使った薬の種類を調べたところ、2020年は市販薬の割合が最も多く、56・4%にも上りました。2014年に半分近くを占めた「危険ドラッグ」に代わって、主流になっているようです。

 では、なぜ市販薬に依存する若者が増えているのでしょう。どんなリスクがあるのでしょうか。国立精神・神経医療研究センター(東京)薬物依存研究部長、松本俊彦さんに聞きました。

―市販薬といっても種類はさまざまですね。

 せき止めの薬や感冒薬には、「ハイ」になる成分が含まれています。興奮作用のあるカフェインが大量に含まれていることもあり、乱用すると一時的に「元気」になる場合があります。
 逆に「ロー」になる成分を含む薬もあります。人によっては頭がぼんやりして、フワフワしたような状態になります。「嫌なことを忘れるため」にこうした薬を飲む人もいるようです。

―体への負担が心配ですが、どんなリスクがありますか。

画像6

 薬に含まれる多くの成分は、乱用すると腎臓や肝臓に大きな負担となり、人工透析が必要になることも珍しくありません。大量のカフェインを一気に摂取して急性中毒に陥ると、死に至る危険もあります。市販薬を含むカフェイン中毒で救急搬送される人も少なくありません。

―そうしたリスクがあるにもかかわらず、なぜ多くの若者が市販薬を乱用し、依存するのでしょうか?

画像4

 薬物依存の本質は「快楽」ではなく、「苦痛」です。つまり、楽しくなったり気持ち良くなったりするために薬を飲むのではなく、「生きづらさ」を感じている人たちが、苦痛を紛らわせながら生活を続けていくために薬を飲んでいるのです。それは、覚醒剤でも麻薬でも共通していることだと感じています。 その中でも市販薬に依存している人には、女性が目立ちます。また、意外に思うかもしれませんが、学業からドロップアウトしている人や、非行・犯罪歴を持つ人は少ない傾向にあります。

―それはどういうことでしょうか。

 いわゆる「不良少年」や「ワル」が仲間と一緒に乱用する、ということが少ないんです。むしろ、表面上は「良い子」として振る舞っていながら、心の中では「生きづらさ」や「苦痛」を感じている人たちが一時的に「元気」になったり、フワフワして嫌なことから逃げたりするために、市販薬を乱用しているようです。
 家庭や学校どころか、「不良グループ」にも居場所を見いだせず、それでも生きていくために薬で苦痛をごまかしているのです。周囲からの「孤立」が影響を及ぼしています。
 さらに、国が「セルフメディケーション」を進めていることも背景にあります。

―セルフメディケーションとは何でしょう。

 「自分の健康は自分で管理しよう」というような考え方です。この考え方によって、これまで処方箋なしでは手に入らなかった薬が、市販薬としてドラッグストアやネットで買えるようになっています。
 とても簡単に手に入るわけです。しかもドラッグストアは店舗が多く、化粧品があったりお菓子があったりと、若者にとって楽しい場所です。市販薬がすぐそばにあることが、若者の依存を増やしているのかもしれません。

―市販薬の依存症の治療は、大変なのでしょうか。

 そうですね。非常に苦しいものです。
 まず、単純に薬を飲まないようにする治療があります。「断薬」です。この場合、禁断症状が出て、薬を渇望するようになります。一般的には3カ月の断薬をするとこうした渇望は収まります。でも、無事に3カ月を乗り切ったとしても、何かがきっかけで再び渇望が始まってしまうこともあります。何が引き金になるのか認識して、それを避けながら生活していく練習も大切です。

画像3


 さらに、根本的な患者の心の問題を解決していくことが極めて大切です。薬物依存者にとって薬物は生きていくための「杖」。この杖を奪うだけでは、「苦痛」を忘れるためにアルコールやギャンブルなど、他のものに頼らなくてはならなくなってしまいます。杖がなくても一人で立てるように、カウンセリングなどを通して悩みを解きほぐしていく必要があります。
 ですから、身近な人が市販薬に依存している場合は、薬を取り上げるのではなく、その人が抱える苦しみを理解しようとすることが重要です。断薬を強要するのではなく、「まずは相談してみよう」と働き掛け、医療機関を受診できるようサポートしましょう。