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マルチ商法に無防備な「SNS世代」 知らない人とのやりとりに抵抗なく【連載㊦】

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 「日本の若者は無防備で取り込みやすい」と、マルチ商法で勧誘する側は言います。希望を持ちにくい社会だから「楽して稼げる」という甘言が響くとも。専門家は「知らない人とのやりとりに抵抗がないSNS世代が狙われやすい」と警鐘を鳴らします。(栾暁雨)

 「もうけ話に興味を持ってもらうには、仕事の不満や悩みを刺激することです」。若者100人以上を勧誘した広島市の男性(24)は、そう振り返る。

 ネット掲示板やチャットアプリを通じてやりとりし、ある程度の信頼関係を築いたところで喫茶店で会う。相手が「給料が少ない」「欲しいものが買えない」などと言えばしめたもの。すかさず「副業に興味ある?」と切り出す。

 売るのは「情報商材」。物販や仮想通貨で稼ぐためのノウハウが商品だ。100万円、150万円、200万円の3コースを準備。内容に大きな違いはなく、料金が上がるほど手厚いサポートが受けられる。高額にもかかわらず、対面で勧誘すると3割の人が契約したという。その人たちがまた、次の客に同じ商品を売って利益を得る仕組みだ。

 多いときの売り上げは、月5千万円に上ったという。20代を中心とした十数人のチームで稼いだ。「ぶっちゃけ今どれくらい貯金ある?」と聞き出し、200万円ある人なら半分の100万円の商材を買わせる。生活が破綻しない程度にとどめるのが「訴えられないための工夫」だそうだ


 「日本の若者って危機感が薄いんですよ。近づいてくる同世代に警戒心を持たない」と男性は話す。この安全な国でだまされるはずがない、自分に悪意が向けられることはない、と思い込んでいる人が多いという。しかも勧誘側が送り込むのは、話し上手な美男美女たち。華やかな生活がうかがえる人から「ばら色の人生が送れる」と聞くと、説得力を感じるようだ。

 男性は「希望を持ちにくい社会ですから」と説明する。上がらない給料や高い税金への不満がくすぶる中、「楽して稼げる」という甘言は胸に響く。「自分にもできそう、これはチャンスだ、と好奇心を持ちやすい。付け入るスキが十分にあるんです」

 2019年に被害届が出され、この男性は逮捕された。不起訴となり、今は仕事の傍ら被害者の相談に乗るなどしている。

 当時、後ろめたさはなかったのだろうか。男性は「商材に100万円の価値はなかったけど、書いてある通りに真面目にやればもうかると思っていた。利益を上げている人も実際にいて、悪いことをしている認識はなかった」と振り返る。勧誘する側が必ずしも悪意を持っているとは限らないようだ。

 しかし、それこそがマルチ商法の怖さだと、消費者問題に詳しい広島弁護士会の清水正之弁護士は注意を促す。「被害者が被害意識を持たないまま加害者になる。お金の損失だけでなく、周囲の人たちを片っ端から勧誘し、友人も社会的信用も失ってしまうのです

 特にSNS世代は知らない人や匿名の人とのコミュニケーションに慣れている。友人関係を大切にする傾向もあり「わざわざ説明してくれているから」と、断れずに契約してしまう。コロナ禍以降は、孤独を感じたりアルバイトが減ったりした学生を狙うケースも増えているそうだ。

 被害金の回収も極めて難しい。LINEでのやりとり中心で、組織の実態が把握しにくいからだ。拠点が海外にあったり、海外サーバーを経由する場合もあり、解約・返金の交渉もままならない。行政指導を受けて解散したとしても、社名を変えて活動を継続するケースも多く見られるという。

 「マルチ商法の組織に入るだけで『簡単にもうかる』ことなどありません」と清水弁護士。簡単にやせる、簡単に病気が治ることがないのと同じだ。そうした安易な考え方を受け入れてしまう人は、マルチだけでなく詐欺やカルト集団のターゲットにもなりやすいという。「本当に簡単で確実にもうかる話を他人に教えることはない。少しでもおかしいと感じたら相談窓口に連絡を」と呼びかけている。