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『100日後に死ぬワニ』を呪って

ワニがきらいだ。

ここでいう「ワニ」はもちろん漫画家・きくちゆうきさんの『100日後に死ぬワニ』のことだ。

あまりに有名なのでネット上で知らない人はいない気もするが、『100日後に死ぬワニ』はファニーでキュートな一匹のワニがテレビ見たり、仕事仲間とくだらない雑談をしたり、ごはんを食べたり、恋をしたりウンタラカンタラしている枠外に「あと何日で死ぬか」が計測されている4コマ漫画である。

※ここでのワニのごはんは職場のネズミとかウサギとかでは決してない。ふつうにラーメンとかを食べる。



そのワニがついに今日100日目を迎えた。


この漫画のテーマは作者のきくちゆうきさんがすでに明らかにしているとおり、”メメント・モリ(memento mori)”だ。圧倒的絶対の真理、「人は必ず死ぬ」。


100日後、自分が死ぬことなんて露程も知らないワニの平和で平凡な日常。過ぎていく時間。確実に減っていく残り日数。それでも毎日毎日同じ時間に変わらなくちっぽけな日々を過ごすワニ…切ねぇ!!!!かなしい!!!!


…はずだったし、わたしもそれなりにこの連載を楽しんでいたのだけど、残り一ヶ月程になったある日、わたしは突然「このワニ、明日死んでくれないかな。」と欲望するようになってしまった。

ワニの示すとおりだ。人は必ず死ぬ。すべての生命には終わりがある。しかし、それがいつになるかは誰も知らない。わからない。その日は明日かもしれないし、100年後かもしれない。だからこそ、わたしたちはしばしば人生に退屈する。神様に「あと、100日ぴったりで死ぬよ!」とでも言われればどんなに怠惰なわたしだってもう少しマシな人生を歩めるはずだ。朝起きてすぐtwitterを見たり、作業するために入った喫茶店で隣のあばあちゃんたちのご近所ゴシップに聞き耳立てて時間を無駄にしたり、そもそもこんな駄文をしたためたりすることなく、もっと有意義な生活を送ろうとするだろう。しかし、終わりのみえないマラソンは辛い。ゴールは明日かもしれないが、まぁ平均してあと70年後くらいかと思えば手だって抜きたくなるものだ。疲れるから。


それに、わたし自身だけでなく、わたしの周りもわたしの生に飽きてしまっている可能性が高い。「こいつ、いつまで生きるんだろうな。」と思えるから、「こいつ、いっそ死ねばいいのに。」と簡単に呪えるのだ。どこで恨みをかっているかわからないし、まぁ人に「死ね」と言われるくらいのミスややらかしは何度かしていると思う。にんげんだもの。でも、「死ね」と願った人間がほんとうに次の日死んでしまったら、どんなにきらいな相手だって若干の後ろめたさや罪悪感を感じずにはいられない。「あと100日後に死ぬ」ことが宣告されている人間に気軽に「死ね」とは言いにくい。


だからこそ、『100日後に死ぬワニ』の生は、どんなにつまらないものでも、どんな生命よりも輝く。絶対に茶々を差し挟む余地のない、祝福された生だ。わたしだって、終わりの日をきちんと決めて頂いて、その死を、その裏にある生を、心から寿いでもらいたい。そんなワニのきらきらとした人生がが羨ましくて、恨めしくて仕方ない。前倒しで予告なしに死んでもらうことがあれば、そこでようやくワニとわたしたちの生は同等になれる。


ちなみに「じゃあおまえがさっさと死ね。」という極悪非道な人がいるかもしれないから断っておきますが、自分で死ぬ日を決めるんじゃぁ意味がないんですよ。「自分で死を選択する」という決断自体に付き纏う社会的にネガティブなニュアンスがどうしてもぬぐえないし、理不尽でない死は時生をのっぺらとした何の起伏もない虚しいものに変えてしまうから。そんな生は今の退屈な生よりもっと地獄でしょ。


何万人もの人にあたたかく生を全肯定されるワニが羨ましい。妬ましい。恨めしい。憎い。そしてなにより腹が立つのは、わたしはこのワニの物語を目にしたところで、やっぱりメメントモれないだろうということがわかっていることである。ワニが死のうが、実の祖父が死のうが、尊敬していた上司が死のうが、同級生が死のうが、わたしはわたしの生命を大切にすることなんてできないのだ。わたしだってもういい歳なのだから、それなりに大切な人との別れがなかったわけではない。その度に彼らの喪失に打ちひしがれはするが、やっぱりTwitterは見るし、芸能人の不倫は気になるし、安くて不味い酒は飲み続けるのだ。いつまでたっても自分の生命を大切にすることは上手くならない。何度でも人生に退屈する。


愚か。あまりに愚かで学習能力がない。100日目のワニはそのわたしの愚かさをまさに指さしているようだった。毎年毎年20何回も「桜きれい〜」と抜かしている、まぁすでに今年も言いましたけども、さらに悪いことに、わたしの本名の由来は生まれた日に母が満開の桜を病室から見たからという感動エピソードつき。なのに結局メメントモれないのはおまえだよ。


そんな怒りを一身に引き受けてくれて、100日間ありがとう、ワニ。ごめんね、ワニ。楽しかったね、ワニ。でも、やっぱり死んでくれてせいせいしたし、まだムカついてるよ、ワニ。


R.I.P.


P. S. あまりに響き合って夜中に泣いてしまいそうになったかしわさん(@shuzo_shizuka)のつぶやき。エッセイもネットプリントもムーミンも最高なのでみなさんフォローして読んでください。



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