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自分の鼻水に溺れるなんてことあるんかーい
嫌な予感はしていた。
良い天気、ぽかぽか陽気、そよ風。春を感じる気持ちの良い朝に、嫌な予感はしていた。
「こ、れ、は……。」
長年付き合ってきた私にはわかる。今日はやばい日だ。花粉。換気のために窓を開けたことを後悔した。目がめちゃくちゃにかゆい。かいたら負けな気がするから、ぎゅーっと強くまばたきをする荒療治。かゆすぎ。んあー! 目ん玉を洗いたい。
しかし化粧はせねばならぬ。この覇気のない薄い顔に少しでも色を。コンタクトも入れたい。見るのがこわいが意を決して鏡を見る! 真っ赤に充血した目! 荒れたほっぺ! うーん、つらい! コンタクト入れちゃって大丈夫か? 大丈夫か? 自問自答しながらガッと突っ込むサイコパススターイル!
シュッ、シュッ、シュッ!
なんの音かって? ティッシュを勢いよくとる音だぜ。やっぱりな、鼻水も止まらん。これから仕事なのに、鼻がウォータースライダーだ。やばい。
私の職場は蕎麦屋だ。店長が作って私が運ぶ。がっつり接客業だ。やばい。お客さんが蕎麦ズルズルすする横で、わたしが鼻水ズルズルすするのはあまりにもよろしくない。
不安を抱えながらも、時間がギリギリなので家を出る。家から徒歩で15分位の蕎麦屋。
外あったかい、上着いらなかったかなぁ〜なんて思いながら小走り。……あれ? 鼻のあたりがスースーするぞ。
もはやコントロールできなくなった鼻水が大暴走。かみすぎて感覚のない私の鼻。
私の安くて薄いマスクは、一瞬で水死した。
店について、店長にバレないうちに大急ぎでびちょびちょマスクを取り替える。予備を持ち歩いてて良かった。
あとはもう、黙々と開店前の仕事をするのみだ。必死に集中してやれば、アドレナリンが出て鼻水も止まってくれる。そう信じていた。
だが思い通りにいかないのが人生だ。下を向いてする仕事ばかりで、重力に耐えられなくなった私の鼻水たちは叫びをあげる。
布巾の洗濯、鼻かみ。
店内の掃き掃除、鼻かみ。
モップ掛け、鼻かみ。
トイレ掃除、鼻かみ。
ビールサーバー掃除、鼻かみ。
テーブル拭き、鼻かみ。
メニュー拭き、鼻かみ。
お茶わかし、鼻かみ。
つゆ盛り、鼻かみ。
薬味盛り、鼻かみ。
全ての仕事の後に鼻かまないといけない。え、私の仕事って鼻かむことだっけ? しかも鼻かんだ後は手を洗って消毒しなければいけない。手荒れひどい、鼻の下はもっとひどい。
もうマスクの替えは無い。なんとしても、マスクを守らなければならない。店長に何度も「つらそうですねぇ」と言われる。鼻水出すぎて脱水症状になったらいけないので水分補給も忘れずする。
開店前にすでにへとへとになっていた。
店長には申し訳ないが、お客さん来ないでくれと願った。だって私いま鼻水おばけだから。鼻水が気になりすぎて接客の自信大喪失してるから。
だが思い通りにいかないのが人生だ。
お客さんはテンポよく入り、私は席を案内し、おしぼりとお茶を出し、注文をとり、店長と連携して料理を運び、食べ終わった食器を下げ、洗い物をし、レジで会計をする。
……全力で鼻をすすりながら!!!
鼻をかむ暇がない私は、垂れようとする鼻水を吸って再び体内に吸収させようという偉業に挑戦していた。しかし、案外早く、ダムの決壊は起こった。
自分の鼻水が鼻の穴に120%充満して、息ができず、うまくしゃべれなくなってしまったのだ。
「ふがっっっ」
私は自分の鼻水に、溺れた。
お客さんから見えない倉庫に駆け込み、鼻をかみ、呼吸を整え、マスクの無事を確認。なんとか生還した私は、その後は店長に色々まかせまくり、洗い物ロボットと化した。下を向くと垂れてくるので、上を見て洗う、なんとも珍しいロボットだ。
店長には迷惑をかけたが、今日ほど退勤後の達成感を感じた日は今までなかった。私、がんばった。
まかないのざる蕎麦がとても美味しくて、なんだか鼻もスーッと通るような心地がした。
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