うつつの夢 第2話:夜釣りの河童
あらすじ
これはリカ(作者)の実体験をもとに物語にしております。
リカは物心ついた頃から幽霊や妖精、妖怪、神獣と出会います。一方的に何かを語られたり、時には会話をしたり、時には神隠しに遭っていたりと様々です。リカのうつつのような夢話、どうぞお聞きください。
これは、リカが四歳の時の出来事です。
ふと目が覚めたリカは、毛布にくるまって横になっていました。
リカが横になっていた場所は、戦前からある古い石橋の歩道で、疎らな人影がみな等しく下向き加減に往来しています。車道では、耳障りなエンジン音とアスファルトを蹴り潰す走行音が通り過ぎ、車のヘッドライトと排気ガスがもやもやと漂っていました。
橋はリカの家の近所にあり、昔から河童が出るといわれる川に架かっていました。
リカの周りには、カセットコンロと二、三個積み上げられたアルミ鍋、リカを包む毛布がありました。まるで橋の上でキャンプをしているようです。「起きたか」
父の声がしました。リカは慌てて起き上がり、 父の声がした方に目を向けました。
父は麦わら帽子をかぶり、白いシャツにサスペンダー付きの釣りズボンという姿で、リカに背中を向けて……と言うか正確には、欄干に向かって……胡坐をかいていました。
右手に釣竿を持ち、 欄干から糸を垂らして魚を釣っているのです。
リカは父の傍らにあるブリキバケツの横に膝を抱えて座り、欄干の隙間から見える向かいの大きな橋に目をやりました。
向こうの橋でも、頭の天辺が禿げた着物姿の見知らぬおじさんが釣りをしています。
どうやらリカは、父の夜釣りに付き合わされて退屈あまり眠ってしまったようです。
「夏じゃけえ、魚がよう釣れる」
父は釣った魚をバケツの中に入れます。魚はバケツよりも大物だったと思いましたが、何故かすっぽりと収まるのです。
リカは、自分が眠っている間にどれだけの魚が釣れたのか、ワクワクしながらバケツの中を覗きました。けれど、父が言うほど魚は入っていません。バケツの中は泥水だったのではっきり見えませんでしたが、たぶん二~三尾だけだったと思います。
バケツから顔を上げて向こうの橋を見ると、先ほどの知らないおじさんが、何度も何度も釣竿を上げ下げして魚を魚籠に入れています。笑い声が響いて止まらない様子から、よほど沢山釣りあげているようです。
「あがぁに釣ったら、ようけのうなる。食べる分だけでええ」
父はそう言いながら、釣り糸を川に垂らしたままの釣竿を欄干に立てかけました。それからアルミ鍋を一つカセットコンロの上に置き、先ほど釣った魚の一尾を鍋に入れて蓋をして煮始めました。
魚の煮える匂いがして湯気が立ち上がると、父は蓋を開けて魚を取り出し、隠れるように魚を食べ始めました。
暫くして釣竿に激しい引きが有りました。父は釣竿を掴むと、
「お前も食うか?」
自分の食べかけの魚をリカに差し出しました。リカは魚の骨が苦手なので、首を横に振りました。
「ぶち美味いんじゃがのう」
父はそう言いながら鍋に食べかけの魚を戻しました。そして空かさず釣竿を引いた魚を釣り上げました。
しかし、すぐに釣り針から外して川へ投げ返しました。
魚は喜んでいるように勢い良く、夜の川を何度も何度も跳ねました。
「どうして、つったさかな、かえしたの?」
リカは不思議に思って父に訊きました。
「まだ、小さかったけえ……」
と、父は静かにつぶやいた後、突然リカの方を振り向きました。
リカは目を見開いて息を飲みました。
父の顔は真っ黒く、目鼻が見えませんでした。それどころか、白いシャツの胸元から見える青黒い肌はガリガリの肋骨が浮いていて、父の丸い体形とは全く異なっているのです。
どうしてリカは、この人を父だと思ったのか。リカは頭の中が混乱して体が動かなくなりました。
「お前も、まだ、小さいのぉ」
父だと思っていた男はそう言って、リカの左手を掴みました。
掴んで来た手は水っぽくひんやりしていて、柔らかい真綿を包んだビロードを撫でているような感触でした。
すぐに頭をよぎった男の正体。すると、いきなりリカはポーンと宙に投げ出されました。
「……!」
悲鳴を上げる間もなく、大きな水音とともに泡がリカの体を包み、途端に意識が無くなりました。
どのくらい時間がたったのか分かりませんが、リカはお風呂で湯船の底に沈んでいるのを父に救い出されたそうです。
それだけしか記憶にありません。
(おわり)
第1話はこちらです。
https://note.com/preview/n47db841e0d1a?prev_access_key=83fb39394a8f28a796129aa8708c66a3
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