見出し画像

「その日、世界北東に位置する戴国は、まだ浅い春の中にあった。」

小野不由美著『黄昏の岸 暁の天』(新潮社、2014年)

プロローグから、10年。
その10年の時間は、小説上ではあっという間に過ぎてしまうけれど、ここに『魔性の子』が入るんだな、と思うと、ぞくぞくします。

物語は、王と麒麟が行方不明になってから10年経った戴国から、将軍李斎が慶国の陽子に助けを求めに来ることからはじまります。
妖魔が跋扈し、自助努力も功をなさなくなって久しい戴から、せめて泰麒を探し出したいと李斎は嘆願し、他人事ではないと感じた陽子が、他国に声をかけて泰麒を捜索する、といのが大筋です。

「助けたい」と一言にいっても、他国に介入するのが簡単ではないのは、現実でも架空でも変わりませんね。
陽子の前には、いまだ復興中の慶国と、大綱という犯してはならないこの世の絶対的な条理があります。

そこで助言をくれるのが延王な訳ですが、ほんと延王ってチートというか、ジョーカーですよね。
この作品において。

さて、わたしはこの話、後半が大好きでねぇ。
延王が出てきてからが本番だと思いませんか。
この後半の、王様麒麟大集合!なのも楽しいし、これまでサイドストーリーで出てきていた王たちがまだがんばってるんだな、というのも伺いしれて嬉しいです。

泰麒は蓬莱へ流されたのだろう。
だから麒麟が中心になって、蓬莱の探索を行う、というのが泰麒捜索の大筋になります。
麒麟たちの中で蓬莱の事情に詳しいのは、胎果でいまでのちょくちょく蓬莱に行く延麒のみ。
延麒の指揮のもと、陽子サイドでは景麒、氾麟、廉麟。
南側は、宗と恭の二国。

正直十二国あるうち六国しかまともに機能してないって、この世界やばいなと思いますけども。
でも宗と恭が仲良くしてくれているのを見ると、珠晶のことを思って嬉しくなりますよね。
まだ宗も健在だし。

李斎の「国を守る」という意味、陽子にとっての戴を助ける意味、それぞれの胸の内が深掘りされるのも見所です。
自分が駄目になったときのために、助けられる前例が欲しいって、こないだまで受け身な女子高生やってた子が考えられるのってすごいよな、と思って陽子の成長を感じます。

そしてさ、泰麒を迎えにいく延王のあれよ。
短編「漂泊」を読んでからあのシーンを読むと、なんかくるものがありますね。
不老不死であるが故に、祖国に戻ることができたけれど、そこはすでに祖国ではなくなっていた。
っていう、「祖国を失う」という点において、李斎の焦りの先にあるものを見てしまったのは、延王だけではないでしょうか。

そしてようやく泰麒の帰還。
『黄昏の岸』を読んでいる側にとっては、泰麒の喪失から帰還まで、1冊で収まる長さですが、その間10年。
この間に、『魔性の子』があることを忘れがちですが、あれがあったんだもんなぁ。

このあと、戴に旅立つ泰麒と李斎を見送ってから、18年。
我ら十二国の民は泰王の帰還を18年待つことになるわけですが、その物語すらも、『魔性の子』から1年も経っていないのかと思うと、泰麒のメンタルが本当に心配になります。
心配になるというか、だからこそ彼はあそこまで強くならざるを得なかったんだな、と。

そんなわけで、エンタメ的には王様と麒麟のわちゃわちゃがたくさん見れて楽しい本書ですが、今後の地獄を思うと笑ってられねぇ……
ってなりますよね。
いや、十二国の民は、18年間ほんとによく耐えたと思います。
そういう意味でも、思い入れの深い作品のひとつです。

この記事が参加している募集

#わたしの本棚

18,647件

放っておいても好きなものを紹介しますが、サポートしていただけるともっと喜んで好きなものを推させていただきます。 ぜひわたしのことも推してください!