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本棚からの世界旅行(イギリス編)

「GWは本で世界を旅しよう」という企画をしている「World Map Bookstore」というものがあるようで、それはいいなと思った。
リストにはミラノ、パリ、ニューヨーク……など有名な観光都市が7つ並び、数冊の本が福袋のような形で届くそうだ。

おもしろそうだと思ったので、わたしも真似して本を5冊選んでみた。
「イギリス編」と銘打っているけれど、他の国をできる自信は、今のところあまりない。
だって私の本棚、イギリスものばかりなんだもの。


それはさておき、今回の選書のポイントは、
・小説ではない
・イギリスの文化や伝統を知る
である。

私の本棚からの選書なので、内容はどうしても文学寄りになってしまうが、イギリス文学が好き、イギリスの文化や歴史が好き、という人は、その世界をより深く楽しめるようになると思う。
そうでない人も、「イギリスっておもしろい国なんだなぁ」と思えるのではないだろうか。


1.林望 『大増補新編輯 イギリス観察辞典』(平凡社, 1996年)

たいそうな名前がついているし、平凡社が出しているが、お堅い辞典ではない。
なんといっても、著者は『イギリスはおいしい』などのイギリス痛快エッセイを書かれている、リンボウ先生だ。
50音順に並べられた見出し語(挨拶/田舎道/合理主義/泥棒/誇り……などなど)やかしこまって提示されている「凡例」のページなど、まさに「辞典」の作りそのもの。
すました顔で皮肉をぶちかますイギリスそのものの構成となっている。
それぞれの見出し語の説明は、リンボウ先生の体験を交えたエッセイ調であるが、きちんと物事の説明もされている。
これを読めばイギリスの文化、特にかの国の伝統に対する態度や外国人には難しいとされる皮肉・ユーモアの一端を、覗き見ることができるだろう。
もちろん、単に観光する際に有益な情報も載っている。

例えば、イギリスには真っ赤な郵便ポストがあるが、アレの側面に付されている「EIIR」という文字、なんだかご存知だろうか。
これは「エリザベス二世」を意味している。
エリザベス女王の治世は60年を超えたので、これ意外の文字を探すのは意外と大変なのだが、まれに「GIIIR」のポストを見つけることがある。
これはエリザベス女王の父、ジョージ三世の時代に作られたものだ。
イギリスの町歩きを宝探しに変える、ちょっとした小ネタである。

2.テランス・ディックス『とびきりお茶目な英文学入門』(筑摩書房, 2001年)

一般に、『○○入門』『○○史』といったタイトルの本、その中でもとりわけ、その分野で重要とされる人物や出来事をまとめた本は、ヤマもオチもなくてつまらないものだ。
そんな眠気を誘うような「英文学入門」を、面白おかしく皮肉たっぷりに語っているのが、この本である。
ま、正直なところ、日本の英文科でここまで詳細な「英文学史」が必要かと言われれば、いらないのではないかと思うが、イギリスの作品が好きで古い作品もこれから読むぞ、と思っている人にはとてもいい入門編になる。
取り上げられている作家は、ジェフリー・チョーサー(14世紀、『カンタベリー物語』)からアーネスト・ヘミングウェイ(20世紀、『陽はまたのぼる』他)まで、30名。
それぞれの人生と、作品の背景と解説がコンパクトにまとまっている。
作品を知っていても、作者の人生までは知らない、ということはよくある。

それにしても、これだけバラエティー豊かな作者が揃っているものか。
男爵家の跡継ぎもいれば、靴墨工場で働いていた孤児もいるし、弁護士の息子も牧師の娘もいる。
生きているうちに名声を得たものもいれば、貧困のうちに死んで後世に評価されたものもいる。
作品の面白さは、生まれや育ちや経歴によらないのだなあ、と改めて感心してしまった。

3.新井潤美『不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む「階級」』(平凡社, 2005年)

現代日本人には馴染みのない「階級」という制度と概念が、イギリスには未だに存在している。
「階級」を知らずしてイギリスの作品のおもしろさに近づくのは、なかなか難しい。
イギリスの「階級」は一般には収入によらない。
金持ちでも「上流階級」にはなれないし、貴族でも「中流階級」より質素な生活をしていることはある。
わたしはイギリスに留学していたが、付き合いのあったのは「中流階級」の人たちばかりだった。
おそらく「上流階級」とは一度も顔を合わせたことがないし、「労働者階級」の人とはお店や道ばた以外で言葉を交わしたことがない。

さて、そんな摩訶不思議な「階級」というものを、日本人にも馴染みのある小説や映画作品から読み解く、というのが本書の狙いだ。
タイトルにもある「メアリー・ポピンズ」、おそらく世界一有名なイギリス人の乳母は、原作とディズニーの映画では、かなり様子が違う。
ディズニー映画のメリー・ポピンズは、バラのような頬に魅力的な笑顔、美しい歌声と不思議な力で子どもたちに夢を与えてくれる存在だ。
一方、もともとイギリス児童文学の「メアリー・ポピンズ」は、ツンと澄ましたナルシスト(散歩に行くといつもガラスに映った自分の姿にうっとりしている)で、にこりともせず、子どもたちのしつけにはとても厳しい。
これも、彼女の階級と乳母という職業からくるものなのだ。

最近の作品では、「ハリー・ポッター」シリーズ(これももうクラシックに足を踏み入れているけれど)にも触れていて、「階級」がいかにイギリス社会を支配しているかがよく分かる。

これを読んでから、たとえば「ダウントン・アビー」を見たり、ジェイン・オースティンの作品を見たりすると、イギリスならではの人間関係の葛藤をより楽しめるだろう。

4.新井潤美『自負と偏見のイギリス文化 J・オースティンの世界』(岩波書店, 2008年)

うっかり同じ著者の本が並んでしまったが、わたしがこのあたりのイギリス文学が好きなので許してほしい。
本書は、タイトルの通り18世紀末から19世紀初頭に活躍したイギリス女流作家、ジェイン・オースティンの作品を題材として、イギリス文化を読み解くものだ。

ジェイン・オースティンはわたしの大好きな作家で、イギリスでも未だに大衆人気がある。
こんな古いものを、と思われるかもしれないが、オースティンの作品は映像化が盛んで、テレビドラマも数年に1回はオースティン作品を作るし、映画にもなるし、現代モノへの翻案やパロディ化など、とにかく繰り返し再生産されているのだ。
確かに時代背景は現代には馴染みがないが、物語がどれも「超直球王道ラブコメ」であることがその理由だろう。
難しいことがわからなくても、恋愛ものとしてとても楽しいのだ。

で、その「難しいこと」、つまり当時の社会情勢や階級のことがよく分かるのが、この本である。
例えば、『高慢と偏見』の主人公エリザベスは、大地主のダーシー氏との結婚について口出しをしてきた親戚に、
「彼は紳士で、わたしは紳士の娘です。その点で言えば、私達は対等ということになります」
と啖呵を切っているが、つまりこれってどういうことなのだろう。

「紳士」という言葉は現在では「優しい、親切な、正義感のある男性」という程度の意味で使われているが、オースティンの時代ではれっきとした「階級」を表す言葉だった。
そして、階級を超えた結婚というのはあまり推奨されなかった。
そしてたしかに、ダーシー氏は紳士階級でも上流であり、エリザベスのベネット家は紳士階級であっても中流なので、これに眉をひそめる頑固な親戚がいても、おかしくないのである。

といった、作品の文化的な背景と、それが現代にどう継承されているのか、というのを知ることができる本である。
これも、イギリスの時代物の作品を知るにはとても有用だろう。
とりわけ、オースティン好きのみなさまには、ぜひ読んでもらいたい。

5.安野光雅『イギリスの村』(朝日新聞社, 1989年)

最後だけ、絵本の紹介。
「旅の絵本」シリーズで有名な、安野氏の作品だ。

イギリスは古い町が多い。
ロンドンのような大都会では、郊外の再開発が盛んで新しいものがどんどん建っていくが、田舎となるとそんなことはない。
百年以上前の建物、町並み、風景がそのまま残っていることもざらにある。

この絵本をひらくと、一度訪れたことのあるイギリスの風景が目の前に広がってくるようだ。
イギリスの風景は、南欧諸国に比べるとなんとなくグレーがかっているような、スモーキーなイメージがあるが、それも味わいの一つである。
イギリスに行ったことがある人なら、ひとつひとつの絵を見ながら「そうそうこんな感じ」「あ、ここ行ったことがあるなあ」と懐かしくなるだろうし、行ったことがない人は、ガイドブックからは得られない(なんといってもガイドブックの写真は色鮮やかなものしかない)哀愁とグレーっぽさを楽しむことができるだろう。

雨の降る薄ら寒い日に、温かいミルクティーとクッキーをお供に読むのがおすすめだ。

いかがだっただろうか。
ふしぎの国イギリスの文化の旅を、少しでも楽しんで貰えればと思う。
イギリス作品に触れるときの楽しみが、倍増することうけあいだ。


ところで、どの本ももう新刊書店では扱っていないようだが、アマゾンでは1円から出ているので、気になったらポチるか図書館で借りるかしてみてください。

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