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3度目の初恋で詰んだ 第8話”願い”

週末の慣れない人混みの中を縫って歩くのはいつぶりだろうか。メンズビルに入ると私と同じようで違わない女の子たちがチラチラ見受けられた。既にカップルが成立している子なのか、ひと勝負かけようとしている子なのか、クリスマスに彩られる街並みは少女たちを輝かしく映した。棚越しにひとりで男性用香水コーナーで足を止めている彼女に目が止まる。もしも私と同じように、意中の彼との素敵なクリスマスを過ごせるかもわからないのにプレゼントを選んでいるとしたら、そんなあなたと私にささやかでも素敵なクリスマスの奇跡が起きることを願ってやまない。大して男性用香水を検討する気なんてないのだけれど、彼女に連れられてたどり着いてしまっていた。その時、彼女にスッと体を引き寄せ「え、今の香水もしかして嫌い?」とガッチリとした大柄な男性が現れた。状況は違えどまたあきらくんとのことが重なった。私、なにやってんだろう。正直私は、どうしても自信がついてこない。傷つくのが怖い。誰か私の背中を蹴っ飛ばしてほしい。まだ早いんじゃない?今じゃないんじゃない?私の中から色んな私の声がする。ま、プレゼントといっても今年1年お世話になりましたってことでもいいしね、とか理由付けしている自分も居て結局は金額的にもアイテム的にも重くないプレゼントを選ぼうと決めた。クリスマスを過ごせようが過ごせまいが、そういって渡せばいい。お歳暮みたいなもんだねって逃げ笑いしている自分が目に浮かぶ。もっと私は、、どうしたいのだろうか。わかっているのに、声にできない。私はあなたともっと一緒に居たい。

歩き回った週末の疲れは足の裏にジンジンと残る。今週末はクリスマス。今日は月曜日。おはようは、おはようで返ってきた。私はタブで残しているチキンの予約画面を確認する。予約の期限は明日までか。「ダメだったらチキン3本にしといてもらえますか?」そう言ってあどけなく笑った彼。そのせいで私は動けなくなっていた。そんなことを言ったことすら、彼はもう忘れているだろうか。明日まで待ってみようかな。いや待てよ、3本予約しとけばいいのか。そっかそっか深く考えすぎた。3本頼んでおけばいいんだ。そうすれば、もし圭介くんと過ごせるようなことになっても大丈夫だし、ひとりだとしてもひとりで食べればいい。それに3本だったら店員さんにもひとりで過ごすんだろうなって思われにくいし一石三鳥じゃん。ぁ、ぁああ!鳥だけに‼︎ 見事な解決案に辿り着いた時、私の内側からため息と呆れた微かな声がもれる。

(こんな自分が嫌なの。)
(いい加減気づきなよ。そういう自分があんたは嫌いなんだよ。)

圭介くんを好きになって、私は少し変わったのかもしれない、いや変われるような気がする。逃げたくない。自分の気持ちが素直に内側を打つ。ほのかで密かな決意を胸に窓越しにビル間の冬雲を見つめる。足音が聞こえてきた。聞き馴染みのある音。小津圭介だ。きっと彼だ。硬くなった体の向きを変える。やっぱり彼だ。週末にあんな話をして、土日を挟み今の今まで彼のクリスマスがどういう予定になったのかはわからない。心なしか和かな表情に見える彼の顔に怯えながら話しかけた。

「お疲れさん。」
「お疲れ様。」
「今日は、新規訪問ですね。気合い入れていきますかー。」
「うん。私は北から、圭介くんは南から攻める。」
「ま、追い込み漁でもないし、どっちからでもいいんだけど笑」
「(追い込み漁?)3件回った時点で一回連絡するね。」
「ういす。」

少し間が空いて、彼が何か言おうとしているような気がした。少し待ってみたけど、彼からの言葉はなかった。私の鼓動と、内側を叩く私の声が大きくなっていく。いつからだろう、それが苦しい時もある、声がすればするほど辛い時の方が多かったと思う。でも今は、頑張れ!頑張れ!って聞こえる。彼が、じゃあ行こうか、と外回りに向けて一歩を踏み出す。

「あーー、あのさっ‼︎」

歩き始めた彼はひょうひょうとして呆けた顔をして微かに返事を示す。なんだろう、なんかムカつく。ん?じゃねえよ。

「あー、いや、まぁいいんだけどさ、、、、チキン、、予約2本のままで、いいのかな?予約の期限が明日までだから…。」
「ぁあー…」

頭を掻きながら彼は、窓の外にいったん目をやる。グツの悪そうな彼に苛つき始めた横柄な私は、足先や指先の血管にまでもどかしさを通わせていく。足先が冷えていく。膝に力が入らない。きっと、いいことなんて言われない。まぁいいや。うるさい、私。

「2本のままでいいですよ。」
「、、ぁあ、ぁああ、そっか。そうなんだね。良かったね。」
「彼女から返事が来て、一緒に過ごすことになりました。」

ここぞとばかりになんで敬語なの。なんなん。だったら言ってよ?言わないか、言わないよね。興味ないしどうでもいいもんね。馬鹿にしないでくれる?頭の中で、どれを留めてどれを発射させるべきか沸点が近い脳水で考える。こりゃだめだグチャグチャだ。

「だ、、だったら言ってよね!私は、予約ページ見つめながら2本か3本か、待ってたんだから。デリカシーに欠けるんじゃない?」
「す、、すいません。言おうかとも思ったんだけど、、、なんか、、どう言えばいいかな、、とか考えてたら、時が過ぎてって。」
「そ、、それ、、同情?同情とかウケる。私にだって、予定くらいあるもん!」
「あ、そうなんだ、なんだ、良かったじゃん。」

彼のその言葉は私の世界の彩りを奪っていった。圭介くんのことでわいわい騒いでいた私の内側も、静まり返っていて漆黒で無音だった。冷えた鉛のようなものがズンと私の股間へ落ちていく。

「な、何それ・・・良かったじゃん?、ば、ば、、」
「え?」
「馬鹿にしないでよーー‼︎」
「ぇええ⁉︎」

怒りや恐れや喜びや悔しさや、いろんな感情があるのは知ってる。いろんな涙があるのも知っている。では、私から今、流れ出ている涙はなに?彼に背を向けて早足で歩き出した私は、その背中で彼がどんな顔しているのかを見つめていた。私の背中が映し出す彼はあっけらかんとしていて、また腹立たしくなった。ズンズンズン、乱暴に進んでいく。トボトボトボ、歩調が落ち着いてきた。やってしまった。ぁあぁやってしまった。また私の声が始まる。違う、私は、私自身にムカついているんだ。もっともっと前から、私は私に腹が立っている。虚しく脳裏に浮かぶのは、昨日渋谷で買った彼へのプレゼントだ。自分で使うか、いやそれはなんか嫌だな、お父さんにあげようかな。あ、鎌倉部長にあげようか、、いやそれはないな。ほんと笑える。どうしよう、可哀相とも思えなくなってきた。

「彼と一緒に過ごさせてください。」サンタさん、贅沢な願いでしたね、ごめんなさい。だからってこれはしっぺ返しが過ぎるのではないでしょうか。私は変わりたい。サンタさん、私は変わりたいです。それくらい、いいでしょう?どうかたまには力を貸してくださいよ。

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