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クリスマスイブる


寒い冬だった。町は人が出払い、静かで、動くものがなかった。
そう設定された世界のように、雪は降り続き、誰もいない、そんな取り残されたような世界で、バイト先の蛍光灯がチカチカして止まないドラッグストアのレジの横に、しばらく座っている。いつから座っていたかを考えるのも、面倒なほど、ずっとここにいる。
季節は変わらない。ここは冬だ。
ここにクリスマスは来ないし、サンタが街にやってくることだって無い。
繰り返される同じ日をわたしはここに座っている。
寒い冬の寒い日だった。
日が落ちたのが5時過ぎ、あたりが暗くなっても、雪の反射で意外と外は明るい。
増えても減ってもいないレジのお金を数え、しまう。レジの音をチンと鳴らす。そこまでが決まりだ。
「チン」

「ガッダン!!!!!」

店の外で、これまでに聞き覚えのない物音がする。例えば、路面に大きな何かが落ちたような。思わず、スツールから立ち上がる。
目だけで、あたりを見回し後ずさりする。
何かが起こる、変わってしまう。今までは起こらなかった事がとうとう起こってしまう。それがわかる。何も願わず、何も選ばず、わたしは与えられ、許されているここに、いるだけでよかったのに。息を止める。

目線だけを忙しなく動かし、息を止め、様子を伺う。外ではまたなにかの音がしている。息を少し吐いてみる。その拍子に少し目線を外し息を吸い込み、また目線を店の外へ戻す。車が見える、さっきまではなかったはずの車が店の外に見える事に気づく。さっきの音はこの車がぶつかった音かもしれない。車のドアがスライドして開くのが見え、中から順に人が降りてくる様子に、息をのむ。色とりどりの服を着ている男たちだ。鼓動がこれまでの日々で一番早く打っている。背中を汗が流れ落ちて、全身にじっとりと汗をかいている事にきづく。初めての出来事にわたしは金縛りにあったかのように微動だにすることができない。車を降りた男たちはドラッグストアの一つしかない出入り口から、最初にメガネをかけた男が靴音を盛大にたてて、店内へ入ってくる。
誰も足元の雪を払わない。肩にかかった雪もそのままに、全員が喋っている。急に音が増えた店内に、店の空気が全て入れ替わるような流れを感じる。
外国人だろうか、よくわからない。わたしの髪の色は褐色だが、彼の髪の色も服装もバラバラだ。なんの規則性もなく店中を歩き回る。8人だ、男が8人いる。
バラバラだが、妙にまとまった男たちで、話し合う様子もなく、お互い相手の話は聞いていないようではあるが、カゴへ商品を次々と入れていく。
わたしに気づいているのかいないのか、8人だけの世界で、男たちはごくありふれた、ただのドラッグストアを巡回する。さっきも見たであろう棚さえ物珍しそうに、笑う。彩色豊かな服と派手な装飾品を身につけた彼らが、なんて事のない店内を楽しそうに歩き回るので、この異常事態にさえ絆され、少し油断しそうになる。ふと、店のガラスに映った灰色のTシャツに黒いズボンを履いた自分の姿が恥ずかしくなる。

窓ガラスから目線を戻すと、レジの前で帽子を被った男がカゴを持ってこちらを見ている。目が合うと両手に持った商品の入ったカゴがレジ台に置く。男の無表情だが、まっすくで優しげな視線に、自分のみすぼらしさを恥ずかしく思う。悟られまいと目線を逸らし、目を合わせることなく商品をレジに通す。代金を支払う男のよく切りそろえられた爪を見つめる。薄く柔らそうな子供の爪のようだなと思う。
電動ドリルや、何使うかわからないガラクタ、鳥の餌、うちのドラッグストアに前から売っていたのか疑わしいものまである。後からやってきたもう一人が袋詰めするわたしの手元をじっと覗き込む。目当てだったのであろうロリポップをわたしが手に取ると、わたしの顔に体ごと視線を投げる。何か越しでなく凝視され、体がかたまる。目を合わせられないままロリポップを差し出すと、彼が受け取りながら少し音を立てて笑ったとわかる。

彼らが出て行った後の店は、前より巨大になってしまったかのように、広く感じる。
起こったことを整理するのにわたしには、その夜中、彼らの態度を思い返しては不思議な気持ちになり、自分の態度を思い出しては身の毛がよだった。あの感触を思い出すと、ジタバタとしたものが肌の中で暴れ、全身が粟立つ。あんまりだと思った。もうごめんだった。

次の日から、この世界は少し変わった。
ドラッグストアに行く途中のダイナーで、昨日の男たちが働くようになった。わたしが朝、通る時は掃除をしており、わたしが夜通る時には、店じまいをしている。朝たまに、自転車に乗る鮮やかな青色の髪の男と、金髪の男が大笑いしながら、歩くわたしの横を通り過ぎる。それ以外の事は他に変化はなく、わたしと彼らが関わる事もなく、彼らの存在は時のちょっとしたバグだと思えるようになっていった。そう設定が少し書き換えられただけの世界の中に、わたしは居場所があり、決められた通りの中に戻ったように感じられた。

行き帰りに見るダイナーの男たちは、いつも穏やかだ。やるべき事を静かにやっている。二、三人に分かれて作業をしたりする様子を見ると、兄弟のように見える。顔は似ていないから、兄弟ではないのだろうか。それにしても、距離感の近い様子に、八人兄弟というものは最近もあるものなのだろうかと考えたりする。わたしにはあんな兄弟はいないので、彼らの距離感の近さと遠慮のなさを羨ましく思う。自分じゃない誰かに触れるのは例えばどんな気分なんだろう。そんな関係になれるとして、その人の目に自分がどう映るかばかり考えて、わたしはわたしのままでいられるのだろうか。その人はそんなわたしといて楽しいだろうか。店の窓ガラスに映ったみすぼらしい自分を恥じたことを思い出し、身の毛がよだつ。あの時、わたしは自分のことで精一杯だった。もし、わたしにも触れることができるとしたら、何か変わるか。その境界線を越えることはわたしに何をもたらすだろう。ふと、自分がずっと冬のこの場所に、風穴を開ける想像をしていることに気づく。そうか、わたしは何かを変えたいのだろうか。そんな欲望が自分の中にあることに、驚く。

自分の欲望に気づいてから何日かして、バイト先に向かう朝の道で、ダイナーの男の中でもとりわけキツネのような顔をした男が、鳥籠を片手に下げて前を歩いていることに気づく。右に顔を向けた男のその、横顔に暗い影を感じる。空が開けたそこに立ち止まった男が、おもむろに鳥籠を地面に置きかがむ。鳥籠の中を覗き込む彼の背中がどんどん丸まっていく。関わり合いを避けるために、道を変えようと体の向きを変えようとした目の端で、籠から何かが飛び出す。思わず目を見張ると、小さな橙色の鳥の羽ばたく背が消えていく。
声にならない驚きで、キツネ顔の男に視線を戻す。
男はわたしがいることに気づいていたようで、一瞬陰った表情の後に、ニカっと音がするような綺麗な笑顔をわたしにむける。
わたしには、見えなくなった小鳥の橙色の美しい羽が風を強くきる音が聞こえたような気がした。


寒い冬だった。町は人が出払い、静かで、動くものがなかった。
そう設定された世界のように、雪は降り続き、誰もいない、そんな取り残されたような世界で、バイト先の蛍光灯がチカチカして止まないドラッグストアのレジの横に、しばらく座っている。いつから座っていたかを考えるのも、面倒なほど、ずっとここにいる。
季節は変わらない。ずっと冬だ。
ここにクリスマスは来ないし、サンタが街にやってくることだってない。
繰り返される同じ一日をわたしはここに座っている。
寒い冬の寒い日だった。
日が落ちたのが5時過ぎ、あたりが暗くなっても、雪の反射で意外と外は明るい。
増えても減ってもいないレジのお金を数え、しまう。レジの音をチンと鳴らす。そこまでが決まりだ。
「チン」

「これ」
と、話しかけられて初めて、そこに人の居たことに気づく。ああ、ダイナーの男達だ。一人は身振り手振りの大きい華奢な男で、もう一人は物静かそうな男だった。
「これ。クリスマスだから」
と、華奢な男が言い、裸のままの電動ドリルを手渡してくる。思わず受け取ると、もう一人は特に何を言うでもなく、そのまま出ていこうとする。電動ドリルはここで買ったもののはずだ。返品だろうか。こう使い込まれていては、返品の手続きは取れない、レシートの確認、いや、そもそも返金が終わっていないのに出て行こうとする。呼び止めなければと思えば、喉が閉まる。
「あ…の」
出ない声を、やっとのことで振り絞り声をかけると、何も話さなかった男が振り返る。こちらが何も言えずにいると、仕方なく説明すると言った風情で一字ずつ言う。

「メ リ ー ク リ ス マ ス」

わたしは、彼のその目の美しい造形に、じっと見入ってしまう。
男はそう言い終えると、また男はつまらなそうな顔になり、そのまま一つしかないドラッグストアの出入り口から出て行く。冷たい新しい空気が店内にめぐる。

わたしは電動ドリルに目線を落とす。そっと指でなぞってみる。ゆっくりとグリップに指を回す。人差し指をトリガースイッチに乗せる。遊びの部分をカチカチさせながら、一番小さい声で、
「メリークリスマス」と言ってみる。


また世界は変わった。
わたしは変わらずドラッグストアで働いている。初めてのクリスマスの翌日から、あのダイナーの男たちはいなくなった。
また今日も雪が降っている。季節は変わらない。ずっと冬だ。

でも、わたしはいつだって、この世界に穴をあけることが出来る。それはこの世界を壊せる風穴だ。
わたしは選ぶことができる。

わたしはこの世界を自分で変えることができる。

あの小鳥は、まだ空を飛んでいるだろうか。あたたかい場所にたどり着いているといいなと、思う。

わたしはこの世界で生きている。



あとがき
ストレイキッズのファン「ステイ」となってからずっと、彼らからは良い影響をたくさん受けています。2つのMVから思うところがあったので、まとめて書きました。ワールドツアーとイルカツが始まる前に残しておきます。

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