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タクシードライバーが教えてくれたこと

社会人になってから、飲み会の帰路をタクシーに頼るということがたまにある。本当にたまにだけど。

タクシーに乗るとき、毎回わくわくする。誰かの運転でどこかへ出かけるという機会はそこそこあるけれど、初めて出会う人にお金を支払い、目的地まで運んでもらうというのは特別感がある。

目的地に到着するまでに、ドライバーとどんな話をしよう。どんなルートで家まで連れていってくれるんだろう。運賃はどれくらいかかるだろう。色んなことを考える。
深い夜。アルコールに侵された頭は冴えないけれど、終わらせたくない夜、明るい気持ちで意識を閉じてしまいたい夜、タクシードライバーとどんな話をしようか。

私は人の何気ない話を聞くことがとても好きなのだけど、タクシードライバーはちょっとクセのある面白い話をしてくれることが多くて特に好きだ。
普段人見知りをする私でもお酒の力を借りれば少しばかり陽気に話しかけることが出来る。

これまでで印象深かったのは私がタクシードライバーに悩みを打ち明けたときのこと。「運転をするのが苦手なのだがどうやって克服すれば良いか分からない」と相談した。
タクシードライバーなら回答に困らないのではないかという自分なりの配慮(お節介ともいう)を含んだ悩み相談だ。

長かった夏が突然終わりを迎え、一気に冷え込んだかと思うと金木犀の香りが微かに漂い始めた初秋の頃である。私は案の定飲み会の帰りで会社の経費で運賃をもらい、タクシーで帰路に向かうことになった。相乗りしていた他の社員は先に降りていき、客は私だけになった。そのタクシードライバーは男性で自分の父親と同じぐらいか少し年上ぐらいだった。無口でもおしゃべりというわけでもなく、しかし話すトーンは穏やかで声色は明るかったので話しかけたら何かしら話に花を咲かせてくれそうな雰囲気。
私は思わず気を緩め、そんな悩み相談をしてみたのだった。

そのタクシードライバーがいうことには「場数を踏んでいないだけなんじゃないかな?」とのことだった。
「確かに車に乗り始めて一年くらいなのであまり場数は踏んでいないですね。それに会社と家の往復がほとんどなので、新しい道を走るときはとても緊張してしまって…」
「なるほどなあ。それだとまだ苦手とは言い切れないよ。もしかしたらまだ慣れるだけの数をこなせていないだけ、回数を重ねれば意外と苦手とは違ったってそんな感じかもしれんよ」

私はその回答が目から鱗だった。苦手だと思っていたことはもう少しだけ頑張ってみれば大きく結果が変わっていくかもしれない。なんだったら初動は上手くいかなかったとしても後には人よりも得意分野だったりするのかもしれない。希望のある言葉だった。
その相談のあと、私の家に着くまでタクシードライバーは運転の楽しさや運転の練習におすすめのルートなどを丁寧に教えてくれた。私はそのことがとても嬉しかった。

あれから数年経つけれど、今でもこの時の言葉をたまに思い出す。仕事ではじめてのことを任され、それが上手くいかなかったとき。おかげさまで物事は最初から上手く進むときもあればそうでない時もあるということが分かった。はじめは上手でなくてもあと少し回数をこなせば案外慣れるかもしれない、そう思えばとちょっと辛抱強くなれたし楽観的になれた。

最近の私はというと、すっかり運転には慣れており休日になると車で色々な場所へ出かけられる喜びを噛みしめるようになった。あのタクシードライバーにもう一度会うことはきっと難しいけれど、これからもたくさんの嬉しいことが降り注ぎますようにと心から思う。

そういえばタクシードライバーになった大学時代の後輩、元気にしてるかしら。


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