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ひと呼吸で

いつもではないけれど、がっつくようにかぶりつくように本を読んでしまうことがある。
続きが知りたくて、先を読みたくて、早く決着したくて、目が猟犬のように文字を追い、紙をめくる手が追い立てられる。飢餓感に満ちた読み方だ。自分の体ほどの大きさの獲物を丸呑みする大蛇のような食いつきで、なんだかはしたない気もする。

読み終わると、ひととき結末に納得したり安堵したりして、すぐさま折り返しターンする。双六の振り出しに戻る、だ。
二度目は落ち着いて丁寧に読むけれど。

そんな風にがつがつ読みをしたら、目が痛くなってしまった。病院沙汰におよぶ読書っていったい。

無名のチームが春高を目指す、青春ど真ん中バレーボール小説の続編。アニメにもなっていて、読者層はきっと若い、ライトノベルだけど、おもしろい。
壁井ユカコ『2.43 清陰高校男子バレー部 春高編①、②』

弱小チームが駆け上がっていくストーリーは、文句なしで痛快で気持ちいい。ドラゴンボールの初期の天下一武道会のワクワク感がある。それだけじゃない、っていうか本当のツボはそこじゃなくて。
バレーボール以外関心がなくて、バレーボールが優先すぎて、先輩だろうと敵だろうと、ずばずば失礼発言しちゃう、コミュニケーションに難ありな孤高の天才セッター灰島くん。誤解や孤立や衝突を繰り返し乗り越えして、理解者であり相棒、よきチームメイトを得て、不器用にも成長していく、彼のアンバランスさが、私にはとても愛おしく感じられるのだと思う。そして他の登場人物も、それぞれが持てるものと持たざるもの、届くものと届かざるものと、相反するもののはざまで葛藤し、受け入れ、飲み込んでそれでも前へ、次へと進んでいくさまが愛おしいのだと思う。

各々のキャラに思い入れが強くなりすぎて、何度も何度もうるうるの熱い感動場面がやってくるんだけど、そのひとつを。

ベスト8をかけた、○○高校対**高校の試合(ネタばれになっちゃうので念のため伏字にしました)、大方の予想を覆す展開と結末、試合終了のホイッスル。その瞬間、最後のボールを返せなかった者の「ごめん、おれがっ…」に対して「最後のボールなんて、ない!!」とキャプテンが言い放つのだ。

最後のボールなんてない。持倉のドリブルも、伊賀が返せなかったラストボールも、あるいは自分が決めきれなかった最後のスパイクも・・・最後のどれかの一球が足りなかったわけではなかった。
 このセットの全ての一球一球の、一点一点の蓄積で、最終的に○○の力が上回った――**の力が○○に及ばなかった。

くぅーそうそうそうなんだよ。どうしてこんなことに、という人生の番狂わせが起こったとき、「おれがっ…」できていたら、または「おれがっ…」していなかったら、などと思ってしまう。思ってしまったら、次は罪悪感が襲ってきて、その先にあるのは闇だ。数年来、私の頭に巣食っている「何がダメで、何をしていれば回避できたのか」問題である。そうじゃない、すべてのプレーの蓄積であり累積だ、トータルでそうなっただけなんだよな、一つのプレーだけに結果が左右されるわけじゃない。

何度も奮い立たせてきたけれど、ときに負が強くなることもある。そんな時にヒーローみたいに都合よくパワーワードがやってきて、欠けた部分を補ってくれる。出会わせてくれる本の不思議をかみしめる。これも何かの蓄積の一部なのだろうか。

少し前に、吉本ばなな『キッチン』にドはまりしていた。”喪失感から一筋の光を見い出すまでの道のり”が、今の私にフィットしたんだと思う。ひと月あまりの間に何度も何度も繰り返し読んでいた。
その中の一節が、『2.43』を読み終えた今、記憶のどこかからあらわれて、つながって、私の支えになる。

人はみんな、道はたくさんあって、自分で選ぶことができると思っている。選ぶ瞬間を夢見ている、と言ったほうが近いのかもしれない。私も、そうだった。しかし今、知った。はっきりと言葉にして知ったのだ。決して運命論的な意味ではなくて、道はいつも決まっている。毎日の呼吸が、まなざしが、くりかえす日々が自然と決めてしまうのだ。

呼吸が、まなざしが、その繰り返しが決めてしまうんだ。もうそんな無意識レベルのことから決まっていくのか。どうしようもないじゃないかという落胆と、どうにもできなかったんだな、という許しにぐるぐるに巻かれる。

選んでいるようで選んでなくて、でも一挙手一投足のすべてが、密かに決定権を持っているような、常に選択が行われているような。起こってしまったことは、何かひとつふたつを変えたくらいじゃ、そう簡単に変わらない、いい加減受け入れようぜ、そんな気持ちになる。

納得しつつも、大きなものの掌の上で転がされている感じが、やっぱりすこし癪だったりする。これで何かが変わるのか?諦めと抗いがせめぎ合う中で、ほんのひと呼吸分、息をとめてみた。




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