60.注意してもらえる幸せ
突然だが、私の叔父は建築会社の経営者をやっている。
そして今その会社の業績がとにかく絶好調らしい。"らしい"というのも、親戚の話なのであまり詳しく知らないからだ。
ただ、昨日久しぶりに叔母と会って、その会社の業績の話になった時にこんなことを言っていた。
確かに業績は絶好調だけど、一つ気になることがある。
以前は純粋だったのに、最近はお金儲けしていない人を見下しているのが態度に表れてきてるんよ。
その後に続いた言葉が1日経っても頭から離れない。
でもよう言わんけどな…。
これを聞いた時、年齢を重ねるにつれて自分の悪いところを指摘してくれる人が少なくなった結果、裸の王様になりいつのまにか信頼を失っていたという事態にもなりかねないことを想像して怖くなった。
今は若くて未熟だからいろんな人が注意してくれる。
実際就活中も色々な人がアドバイスをくれた。
「ちょびさんは焦ると急に早口になるから、ゆっくりすぎると思うぐらいの速度で話した方がちょうど良い」
みたいな感じで時には痛いところ突いてくるな…という指摘もあったけど、昨日の一件を振り返ると自分の改善点を率直に指摘してもらえることは実はすごく幸せなことなんじゃないかと思うようになった。
指摘されている時は「何だよ…言われんくても分かってるし!」とつい聞くのが面倒になりがち。
だけど年齢を重ねるにつれて指摘してくれる人は格段に減って知らぬ間に裸の王様状態になっているかもしれないと考えると、今いただく数々の指摘を「めんどくせえな」ではなく「ありがたい」と思って1つ1つ受け入れていきたい。
ただ、実際他人からの指摘を「ありがたい」ものとして受け入れるのは簡単なことではないと思う。
だって今までは自分の短所を見て見ぬふりしていたのに、その短所と向き合わなければならなくなるから。
私が40.50代になった時におそらく痛感するだろう。
「20.30代の時は色々な人がアドバイスをくれたのに今はめっきりなくなったな…」という現実に。
その現実に気付いてからでは遅い。
なぜなら、他人からのアドバイスがなくなったことで裸の王様になり周りからの信頼を既に失っている可能性があるし、他人の新たな意見を取り入れる機会が減っているため自分流に固執し、成長スピードも止まっているから。
だから、今のうちから他人の指摘を受け入れることで年齢を重ねても「私に何か改善点があれば教えてください!」と素直に人に聞ける人でありたい。
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