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紫式部 『謹訳「源氏物語1」』(1008年頃)

リンボウ先生の「謹訳」はとても自然な感じが読みやすくていい。紫式部の原文がどういうものなのか、というのはわからないのだが、まずは全文を通読したい、という人にはいいと思う。

最初のほうは物語の展開がゆるやかで、これが平安時代の時間間隔なのだろうかと思っていたが、夕顔という女性が何者かに呪い殺されるあたりから展開が面白くなる。

1巻は、源氏の誕生(桐壺)から18歳(若紫)まで。
絶世の美男子として描かれる源氏は、女と見れば手を出さずにいられない、現代であればセックス依存症のようなキャラクターなのだが、周りの人間も似たり寄ったりのようで、同じ日本でも、1,000年前だと感覚がだいぶ違うようだ。

源氏の女性遍歴が延々と描写される中で、いろいろな人物が登場し、当時の宮廷生活とはこんなものだったのだろうかと断片的に想像できる。具体的にどういう仕事をしているのか、といったところは描かれない。ただ、知性や教養といったものだけでなく、ファッションに関してもTPOが求められる。さらに、「源氏の君」という名前もそうだが、本名ではない。ハイソサエティは他人に心を許すことはないのかもしれない。

いわゆる農民とか町人のような庶民はほとんど出てこない。キャラクターとしても登場しないし、背景にも出てこない。邸の下働きみたいのがちょっと出てくる程度。源氏たちとは生きる世界が違っていて視界にも入らないということなのだと思う。今は皇族の方々がみずから庶民のところに訪れて声をかけてくださったりするのだから、時代は変化するものだなと思う。

紫式部は夫藤原宣孝と死別してから、その現実を忘れるために本作を書き始めたという。紫式部が夫にとって、本作における藤壺のようなマザコン的な愛され方をしていたのか、たくさんいる女性の中のひとりだったのかはわからない。いずれにせよ、紫式部は現実の苦しみを忘れるために、このようなありえないキャラクターを想像する必要があったのだろう。

今のところ、この作品がどんな問いを持っており、なにを伝えようとしているのかはわからない。1,000年以上生きながらえる小説とは、なにを抱えているのかといったところを意識しながら読み進めていきたい。

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