第一歌集の豊饒(前半)【再録・青磁社週刊時評第三十四回2009.2.9.】
(青磁社のHPで2008年から2年間、川本千栄・松村由利子・広坂早苗の3人で週刊時評を担当しました。その時の川本が書いた分を公開しています。)
第一歌集の豊饒(前半) 川本千栄
2008年の年末にかけて、総合誌の新人賞や結社賞を受賞した歌人の第一歌集が多く出た。『銀河の水』駒田晶子(第49回角川短歌賞)、『神の翼』嵯峨直樹(第47回短歌研究賞)、『Starving Stargazer』中島裕介(2008年度未来賞)、『コントラバス』細溝洋子(第18回歌壇賞)、『つきさっぷ』樋口智子(第17回歌壇賞)、『心音〔ノイズ〕』柚木圭也(第44回短歌人賞)である。それぞれの歌集で惹かれた歌を紹介しながら、歌集単位で歌を読んだ感想を述べてみたい。
まず、作者の実人生に沿って歌集が編まれているタイプ。
恋人に会う日のわれは甘い水 勘のよい母の蛍がひかる 駒田晶子『銀河の水』
われはわれを失えぬまま安達太良の智恵子の空は澄みすぎている
葉脈を透かす光よてのひらをかざせば死後に音をもつ骨
ススキノは薄野である 真昼間を図書館行きの電車が出ます 樋口智子『つきさっぷ』
空満たす青色粒子いつの日も埋めたき場所は埋められぬまま
ずば抜けて媼に多し「右」だけは「C(シー)」と答えるランドルト環
『銀河の水』は、作者が自分の育った家族から恋愛・結婚を経て離れていき、母や祖父母の死、自らの出産を経験していく過程を詠っている。私像がはっきりしていること、他者である家族が輪郭ゆたかに詠われていること、作者の住む「東北」を素材として取り入れていること等が特徴だ。一人の女性の内面を描き出すと共に、他者の存在や人生上の出来事(家族の死など)が立体的に描かれ、風通しの良い歌集となっている。また歌の技術も高く、一首一首の屹立性や連作としての緊密性などに見るべきものが多い。
こうした作者の人生の出来事を背景に描き出す手法を使うことは、近代短歌の伝統の手法をわが身に引き受けることでもある。『銀河の水』はそうしたオーソドックスな手法を使いながら、全体の印象が軽やかで、素材の扱い方と技術力のバランスが良く、今回読んだ中で最も惹かれた。
樋口智子の『つきさっぷ』にも駒田の歌集と近い印象を受けた。作者の生活、職業(眼科の検査技師)、家族、北海道という風土、などが素材である。後半の職業に取材した歌にいいものが多かった。ただ全般的に(特に歌集前半)メルヘンチックな面があり、それが樋口の美点でもあり弱点でもあると思った。
(続く)