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『歌壇』2020年8月号

目減りするわれの命よ少しづつ歌に移さむ凡作でよし 高野公彦 命を歌に移していく、という把握に共感する。おそらく短歌を作る人の多くが、こう思って歌を詠んでいるのだろう。言い得て妙だ。結句の拘りの無さも清々しい。

②特集「河野裕子 没後十年ーその歌の源泉」総論+12のキーワードで読む河野裕子の魅力+指針となった一言、で構成される、かなり本格的な特集。河野裕子の魅力を表すキーワードはたくさんあるけど、どんなに細かく設定しても、キーワードから漏れてしまう部分にこそ魅力がある。

③大辻隆弘「下句の跳躍」箸づかひきれいな人と暮し来て今宵気づけり指が寡黙なのだ 河野裕子〈この「指が寡黙なのだ」という呟きには、人間の思惟がふと詩的なもの・形而上学的なものに飛躍する瞬間が記録されていよう〉重要な指摘。作るのではなく飛躍する歌。河野短歌の持つ力。

④大辻隆弘〈一九九〇年に河野が導入した口語はそれとは違う。河野は、上句の端正な文語表現を裏打ちに使うことによって非定型な口語の生々しさを短歌の中で生かそうとしたのである。〉大切な論点。河野裕子、小池光らが変えてきた文語口語の境界線についてもっともっと語られていい。

⑤大口玲子「追憶の黄、さびしさの青」〈草花の黄色は、命や生殖と深く関わる色だということを、河野(裕子)は知識より先に直感として心得ていただろう。〉連作「菜の花」を始めとして黄色い草花の歌が多く詠われている。河野短歌には、黄色いクレヨンの歌も印象的なものが多い。

⑥花山多佳子「共に生きる」くすの木の皮はがしつつ君を待つこの羞しさも過ぎて思はむ 河野裕子〈木がそこに在ると、河野は時間を感じるのだと思う〉長くてもあと三十年しか無いよ、ああ、と君は応ふ椋の木の下〈椋の木は時間そのものだ。その下の自分たちの時間〉歌と評が呼応する。

⑦大松達知「外部との回路」昏き月のぼりてゐたり頸まげて睡れる鳥の沈黙のうへ 河野裕子〈人と時空を共有しながらも、もっと自在に過ごしているものたち(・・・)もしかしたら、それは一種の自画像だったのかもしれない。〉鳥の歌を五首上げて。鳥が河野の自画像という新鮮な説。

⑧江戸雪「指針となった一言」〈「歌をひたすら作っていると、やがて、言葉がつぎの言葉を呼んでくるんです。」これは自らの韻律を身体のなかに取り込んだひとの言葉なのだと直感した。〉河野裕子の一言をあげて語る。河野の言葉は抽象的なようだが身に響く。

脚韻のなほうつくしくしろくあらずくろくもあらぬ耳をおほふも 染野太朗「Strange Fruit」12首より。ビリー・ホリデイの曲を背景に、深い洞察を持つ連作。Black Lives Matter運動の盛り上がりは要は、この曲が作られた頃から何も状況が変わっていない、ということの証でしかない。

 脚韻は美しいけれど、陰惨な歌詞。白人でも黒人でもない作中主体は耳をふさごうとする。しかし、日本にも差別や分断はあり、無関係でいることはできない。ビリーの声で呼び覚まされていく様々な感情。研ぎ澄まされた神経が隅々まで行き渡る12首。連作を読む喜びを感じる。

2020.8.2.~6.Twitter より編集再掲