『現代短歌』2024年5月号
①好きな曲が被っただけで気を許し許されながらこの世を進む 山川創 よく分かる感覚。同じ曲が好きというだけで気を許す。「許し許され」なのだが、韻律の関係で下句は何か別の大きな存在に許されているような印象も受ける。「この世」という語感からでもある。
私自身が音楽が好きだからスッと共感するのだが、共通の「好き」というものの存在を持つことの喜びは、音楽以外のことでも当てはまるだろう。好きな連作だった。エッセイもとても共感した。
②買ったきりしまったままの靴があるずっと探しているよりどころ 中村美智 「ずっと」がその上と下の部分を繋いでいる。ずっとしまったまま。ずっと探している。しまい込まれた靴のように、どこかにあるはずの、でも見えないよりどころを探す気持ちが伝わってくる。
③言葉ですくわれるのは教育のせいであなたも同じ目にあってほしい 里十井円 救われるというプラスのイメージが、読み進めるうちに「せい」「同じ目」など、マイナスの価値観に変わっていく。言葉での救いは、本当の救いではなく、望んでいないことだったのか。
④ふくらんだ水面が文字を孕むからひとはみな物語の器 石山ふね 光りを弾いて流れる川などを想像した。その水面が文字を孕み、そこに物語があるように思える。人は一人一人が物語を持っている。意識せずとも身体はその器。下句が人の存在を言い表していると思った。
⑤弾きをへてバッハの楽譜をしまひたりモールに置かれしピアノの席に 山田富士郎 最近よく見る「街角ピアノ」の映像。楽譜をしまう場面をクローズアップしているため、あまり聴衆がいなかったような、寂しい印象がある。ショッピングモールとバッハの落差も面白い。
⑥うつ病やPTSDなどなき時代推し量りえぬ影の重みよ 北辻一展 鬱病やPTSDの無い時代があったのだろうか。それらは実はあったが、名前が無く、存在を認識されないだけだったのではないか。それが作者の言うところの「影」だろうか。名付けが認識に繋がるのだ。
⑦戦後とはおおきな車乗れる者のみ詰めこみて走り去りけり 北辻一展 乗れない者たちはどうなったのだろう。乗れなかった者の系譜を感じさせる連作だった。淡くしかし深く、戦争の影が描かれる。血縁の人の記憶の中の戦争は、案外大きな影響力を持っていると思う。
2024.5.3.~8. Twitterより編集再掲