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『短歌研究』2024年5・6月号

悔いるしかないことくいて花を見るそんなに白くなくていいのに 江戸雪 悔いるしかないことは案外多くてそれへの対処は無い。悔いのみが残る心で見る花は白過ぎて、今の主体の心には痛みのように感じられるのだろう。

幼児期の幸福感より短かりし生とやしろき文鳥飼ひき 大塚寅彦 幼児期に文鳥を飼っていた。文鳥が与えてくれた幸福感の持続より、文鳥の命は短かった。今も映像的に思い出される白い文鳥。三句六音のごつごつしたリズムが却って、短いという事実を強調する。

ほのぐらい夢に知つてるひとがゐて夢に出慣れた表情をせり 門脇篤史 夢を見ているのは自分だが、相手が意志を持って現れたように感じている。しかも「出慣れた表情」で。主体がその人の夢をよく見るのだろうが、読者にもリアリティを感じさせる表現だ。

イカロスの蠟の翼は溶けたけれどドローンは溶けず爆撃をせり 栗木京子 神話の時代から空を飛ぶことは人類の夢だった。太陽に近づき過ぎて死んだイカロスにはある種のロマンを感じるが、空爆するドローンは不気味な限りだ。ロ音ト音の繰り返しが一首に響く。

泣きながらご飯を食べたことのある人は幸せになれますといふ 今野寿美 それなら人類の9割ぐらいは幸せになれるのではないか、と読んですぐ思った。そんなにいないかな?いや、誰でも一度はあるのでは?「といふ」が気になる。誰が言っているのだろうか。

ページ繰り読むとき著者は死者ならずその声をわが裡に響(とよ)ませ 菅原百合絵 死んだ人の著作を読む時、その声が直に自分に語りかけて来る感覚。上句に同感する人は多いだろう。さらに下句で主体自身がその声に一体化しているのが、一首の魅力だ。

野の果ての風の柱をみるようにかつての関係を悼(いた)んだ 千種創一 上句は荒涼とした風景を思わせる。風の柱とは何か。荒野に渦巻くように風が立つのか。くっきりとして、でも儚いもの。吹き過ぎれば戻らない。主体は見えないものをみて、そして悼む。

寝際(いねぎわ)を走る怒りにもう疾(と)うに忘れてゐたる嫉妬と気づく 内藤明 寝ようとした時に自分の内面に走る怒りの感情があった。それはとっくに忘れていたはずの嫉妬。これは嫉妬だと反芻するような一首。醜い感情のはずだが聡明な明るさを感じる。

まあいいか生涯一度も骨折をしないであはや死ぬところだつた 永田和宏 骨折の経緯を描いた一連。○○しないで死ぬところ、はいい事が入るものだが。ポジティブと言うかさっぱりしていると言うか。作者の人柄が滲み出るのが短歌の最大の魅力と再認識した。

みづからのなきごゑに沈みゆくごとく山鳩が啼く小雪のなかに 渡辺松男 鳩、山鳩の鳴き声は短歌に様々に詠まれてきたが、これはその中でも相当に寂しい。作者の孤独感が反映されているのだろう。小雪の中という場面もまた寂しさを際立たせている。

亡きのことおもはぬ日なしまた亡きに会へる日もなし山鳩のこゑ 渡辺松男 山鳩の声を聞きながら主体が思うのは今は亡き人のことだ。その人のことを思わない日は無い。しかし再び会える日は無い。繰り返される「なし」。静かでありながら凄絶な孤独感が漂う。

のどに白湯 火に焼いた水 でも白湯は何もきれいにしてくれなくて 川本千栄 「白湯」5首、掲載されています。ぜひお読み下さい!

2024.5.30.~31. Twitterより編集再掲

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