『塔』2020年10月号(2)

生きづらいという謎のマウントを取り合っているように梅雨、紫陽花は咲く 長谷川琳 紫陽花が場所を取り合うように咲くことを、マウントというパンチの効いた比喩で表現した。いや、実は紫陽花が喩で、マウントが現実かも知れない。リズムも88577と取るか、5・6・5・12・7か。

透明なタトゥーを胸に彫っておく声を出すときかすかに光る 田村穂隆 透明なら見えないのだけれど。声を出す時は何か自分の生命を振り絞る時なのかもしれない。それに呼応して胸のタトゥーが光る、それもかすかに。作中主体の生き方を象徴しているのだろうか。

たちあおい 比べるなって言いながら一番比べているのはわたし 逢坂みずき たちあおいが絶妙。背比べをしているように直線的に伸びて、花が咲き上がっていく。比べるという行為によく合っている。初句ひらがな書きにしたことで、花の存在感が高まる。向き合って立っているようだ。

大事にしたかったピアスを排水口で見つけてしまう的な快楽 草薙 「大事にした/かったピアスを」という句跨りで認識にずれができる。大事にした、あ、したかったのか。そして失くしたピアスを見つける。その時の快楽・・・に近い快楽を今味わっている、ということを「的」が表す。

ぼくの目のかわりにビーだまころがして 止まらない、どこまでも日常 山田泰雅 「ぼくの目のかわりに」が無ければ、ビー玉を転がして退屈な日常を詠った歌。それだけでも歌として成り立つ。しかし、この出だしがこの歌の尋常で無いところだ。目玉が転がって行くような感覚を覚える。

別れ路に君想いつつペダル漕ぐ「好き」とは君と関わらないこと 小島涼我 少し甘やかな上句。若々しい恋の歌、と読んでいると、突然下句で真逆の結論に繋がって行く。上句も下句も感情の動きを感じさせずに、ごくなだらかに繋がっているので却って驚きを感じる。

追記:「別れ路」は、君と毎日一緒に帰っていていつも同じ道で分かれるのだととってこの評を書いたが、だんだん、一度切りの別れの後のことかと思い始めた。それなら下句は順接だ。

飼い犬はあなたと枕を間違えて二十三度が夏のはじまり 多田なの 飼い犬があなたの上に頭を置いて眠り始めたのだろう。おそらく幼いであろう犬の姿に、読んでいて和む。下句の言い切りがすっきりしている。それぐらいから暑いと感じ始めるのかも知れないな。


2020.10.31.~11.1.Twitterより編集再掲