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高野秀行×清水克行『世界の辺境とハードボイルド室町時代』(集英社文庫)

 ソマリランドなどの辺境を描く辺境作家・高野秀行と日本中世史が専門の歴史学者・清水克行の白熱対談。現代ソマリランドと室町日本の相似点を語り合い、現代日本を相対化する。目からウロコ、抱腹絶倒の対談集。
 2015年に出た本の文庫化。文庫化にあたって新たな対談も収録され、お得な一冊となっている。山口晃のイカレたカバーがぴったりだ。
 自明だけどタイトルは村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」のもじり。

〈私が「ソマリアの内戦は応仁の乱に似てるって思うんですけど、どうですか」などと誰にも打てない魔球レベルの質問を投げかけても、清水さんは「それはですね……」と真正面からジャストミートで打ち返してくれるのだ。〉高野秀行の「はじめに」より。もうこの部分を読んだだけで期待に満ちてページを繰ってしまう。そしてそれは裏切られない。

高野 日本人は自分が痛めつけられたら、相手も同じように痛めつけないと気が済まない。やっぱりお金では相手を痛めつけたことにはならないというふうに考えるんじゃないかと思うんですね。
清水 たぶん日本人にとって、人の命は計量不可能なものなんですよね。それを金銭に置き換えるという発想自体が無意味だという考え方があるんですかね。〉
 これはよく分かるなあ。でも、お金でも償ってほしいけどね。その後でお金では何ともならない、と言いたい。相手はせめてお金は払うべきとは思う。それじゃ絶対足りないけど。

清水 江戸時代になると(犬を)食べなくなるんですが、かぶき者はわざと食べるんです。「戦国っぽい料理だから」という理由で。みんなで犬鍋か何かを囲んでわいわい騒いで、「俺たち、ぐれてるぜ」という雰囲気を出す。「かぶく」という行為を犬食に象徴させていたんです。だから、五代将軍徳川綱吉が「生類憐みの令」を出して犬を殺すことを禁じたのは、かぶき者対策だったんじゃないかとも考えられているんです。〉
 全然知らなかった話。その他、綱吉の功績が語られる。そしてシメが
清水 江戸時代が世界史的に見ても稀なぐらい平和な時代だったとしたら、それは最終的に綱吉の功績かもしれません。〉
 そうなの?クセの強い面ばかり伝わってるが。

高野 アフリカって本当に呪術の世界で、人々は呪術の話ばっかりしているんですよね。アフリカってサッカーが盛んでしょう。だいたいどこのサッカーチームも呪術師を雇っているんですよ。専属のコーチやトレーナーがいるように、専属の呪術師がいて。
清水 何をするんですか。
高野 自陣のゴールにバリアを張ったりするんですよ。〉
 おそらくここ、笑うとこじゃないんだろう。笑ったけど。

高野 ミャンマーの農村経済を研究している東大の高橋昭雄先生に訊いたら、「本物の古米です!」と書いて売ってる高級コメ屋の写真を見せてくれました。てことは、中には「古米」と称して新米を混ぜて売る悪質な業者もあるんでしようね。
清水 偽装食品ですね。(笑)〉
 笑ってしまったが、古米の方が炊いた時量が増える、ベチャベチャした新米は嫌がられる、保存方法の違いであまり劣化しない、などで古米が好まれるらしい。

高野 飲酒運転と同じで、「飲んだら祈るな、祈るなら飲むな」という話だと思うんです。〉
 イスラムの教えの一部をこんな風に紹介。

清水 天皇は基本、直筆では書かないことになっていて、全部、秘書が書くんですけど、後醍醐は気が短かったのか、秘書の名前を使って自分で書いているんですよ。
高野 すっごい変わってる人で。(笑)
清水 で、蔵人の署名まで自分で書くっていう(笑)。
清水 意味ないじゃないかという(笑)〉
 これも面白いこぼれ話。本末転倒。後醍醐天皇の性格が生き生きと伝わる。

清水 織田信長の比叡山延暦寺焼き討ちは、あれはやってくれてよかったのかどうかという話もありますよ。
高野 ああ、延暦寺にはやっぱり相当な量の文書が。
清水 あったはずなんで、あれが焼けずにそっくり残っていたら、たぶん中世史の研究は面倒くさいことになっていた。 
高野 そんなこと言ったらダメじゃないですか(笑)。〉
 このダメさがこの本の魅力だ。

高野 経済発展の基盤は人々の教養なんですね。(…)物事を普遍化して考える能力というのは、文字を読んで高まるじゃないですか。〉
 こんなマジメな話も。いや本質的には真面目な本だ。

高野 真面目に働けと。やっぱり支配者が言うことはどこでも同じなんだなって思いましたよ。それは権力者の本質として、平和と秩序と勤労を求めるからなんでしょうね。
(中略)
清水 彼ら自身のためになるんですよね。日本史研究の世界でも、「権力者は悪だ」と決めつけるような呪縛はいまだに根強いんですけど、それだけでは見えてこない部分っていうのは確かにありますね。〉
 ナイーブな考え方を叩きのめす会話。この部分だけでも色んなことに説明ができてしまう。

清水 今の子はそういう背伸びはしないんですかね。
高野 ないんじゃないですか。背伸びって、やっぱり教養主義でしょ。教養主義自体がもう死滅しているんじゃないですか。〉
 悲しいが事実。

高野 どんなシリアスな現場でも、絶対に笑いっていうものがあるわけですよ。シリアスな状況だからこそ笑うっていう人間の心の作用も必ずあるし。〉
 そこを美談にしないのがいい。

清水 メッセージはあるじゃないですか。ここだけは伝えたいっていう。
高野 そういうのは説教として伝えるんじゃなくて、面白いという知的興味の中で昇華してほしいわけですよ。〉
 そう、同感。だから一流の人の表現するものは面白いし、心に響く。

高野 イスラムでも(自殺は)ダメですよ。禁止されています。
清水 生きていられないような屈辱を受けたときは、どうするんですか。
高野 それは、相手をやるしかないでしゃうね。
(中略)
清水 たとえば「私は無実だ」と言って自殺することは?
高野 ありえないです。自殺したら負けを認めることになるじゃないですか。〉
 日本とずいぶん違う自殺の観念。

高野 最後に残ったムラ社会が日本という国自体だと思うんです。〉
 共同体社会が崩壊した後の最大にして最強のムラ。

高野 使い捨ては日本の伝統文化なんですね(笑)。
(中略)
清水 ただ日本人が他人の使った物を嫌がるのは、(…)物に魂が乗り移るように感じるとか、そういう感覚ですよね。(…)その逆が形見分けですよね。〉
 逆というかコインの裏表。乗り移っているから、使えない、乗り移っているから、ありがたい。よく分かる。日本人の中では、物が単なる物で終わらない、というまとめにも納得だ。

清水 「政府のために戦え」と言われると、無駄死にさせられるような気もするけど、「お国のために戦え」と言われると、家族やきょうだいのために戦うんだと納得させられてしまうのかもしれません。「お国」という言葉は支配者を指す言葉ではなくて、被支配者もそこに含まれちゃう。〉
 先ほどの最後に残ったムラ社会だな。

清水 拍手って(…)日本では近代の所産なんですよね。〉
 明治10年ぐらいから普及したのだとか。日本人は拍手のタイミングが上手くない。それまでは、よっ、〇〇屋とか言って声援してたのだろう。その伝統も何となく残ってる。

集英社文庫 2019.5.  840円+税










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