鈴木恵子評論集『平成データ短歌論』

データが映し出す時代性

本書は「短歌研究」の「現代短歌評論賞」に、平成二十年から三十年までの十一年間、著者が毎年応募した評論十一編と、それらを再分析した一編の評論を収録したものだ。
 この著者の評論の特徴は、細かいデータ作成とその分析にある。まさにタイトルが示す通り、平成という時代の短歌を、データで切り取った評論集だ。それが最も成功しているのは、第十章「未来へ」と第十一章「伝統と革新」の二編であろう。
 「未来へ」では、「短歌研究」「短歌」「歌壇」「短歌往来」の短歌総合誌四誌を、平成二十八年の一年間に亘って、各月の総頁数、執筆者数を数え、さらに内容面で、短歌作品、特集、連載、評、その他の五項目に分けてページ数を算出している。それを年間集計し、パーセント化し、数値の表と円グラフにまとめている。圧倒的な作業量である。それを元に四誌の特徴を分析する。
 さらに、現行の総合誌における「評」の少なさに問題点を絞り、同人誌「ノベンタ」の方法論との比較も行なっている。
 「伝統と革新」では角川「短歌年鑑」を元に、平成二十九年の短歌結社の数と会員数をグラフ化する。それによってどのくらいの規模の結社が多いのかがよく分かる。
 また、結社の存続年数もグラフ化している。これについては「(結社の創刊は)第二次世界大戦の終った翌年の二十一年に集中しているのだ。戦争からの解放が文学に向けられ、短歌結社創刊に繋がったのではないだろうか」という説得力のある考察がなされている。平成二十五年と三十年での結社数と会員数の推移も興味深いデータだ。
 この二つの論は扱う素材がそれぞれ総合誌、結社と狭いので、論として受け入れやすかった。しかし、大きなテーマについての論は、扱うデータが恣意的で、そこから導き出される結論に無理があると思えるものもあった。
 例えば、第一章の「減りゆく『相聞』のゆくえ」では、『万葉集』『古今集』『新古今集』における相聞歌の割合を算出し、それを角川「短歌年鑑」平成二十年版に掲載された「自選作品集」の相聞歌の割合と比較して、「『相聞』は、減少しているのである」と結論づけている。
 さらに、「相聞」が減った原因の一つとして「大正、昭和を通じて、歌壇の主流をなした「アララギ」の所謂「写生説」が、「相聞」を蔑ろにしてきたという罪は否めない」と述べるが、扱う時間の幅が長過ぎるのではないか。
 データを扱う以上、何と何を比較するかには慎重さが求められるだろう。

2020.11.『短歌研究』公開記事