『塔』2020年10月号(5)

㉘大西久美子「逢坂みずき歌集評」〈(七月一日は)大正六年、森岡高等農林学校で創刊された文芸同人誌『アザリア』第一号の発刊日だ。〉逢坂歌集の初版発行日にまつわるエピソードから始まる。逢坂の歌の瑞々しさを受けとめる評の数々。ラストが最初のエピソードと呼応して暖かい。

壁に掛くるイルカのための担架には背びれ出るよう穴あいており 薦田恵 えっ、そうなんだ、という驚きの短歌。確かにイルカを仰向けに乗せたら、背びれを出す穴が必要。言われてみれば当たり前なのだが、最初に聞いた時はビックリする。仰向け、ですよね。でも仰向け、苦しくないか?

ゆふぐれはあらゆる鳥を撃ち落とす火矢の言葉を恋へり咽喉(のみど)が 千葉優作 どんな言葉だろう。とても激しい言葉なのか。しかしきっとその言葉が発されることは無い。恋焦がれても、咽喉にその言葉は訪れず、ただ夕暮れを見つめるだけ。どんな鳥も撃ち落とすことはない。

「大丈夫?」正答例は「大丈夫。」誤答の例もまた「大丈夫。」 松岡明香 人に大丈夫?と聞かれて、相手に心配をかけまいとして大丈夫と答える。それが正答。しかし、自分が大丈夫で無い時にそう答えるとそれは誤答になってしまう。しかしほとんど一択。そう答えるしかないのだ。

 個人的には人に「大丈夫?」と聞かれた時、体調が悪かったり精神的にまずかったりしたら、素直に「大丈夫じゃない」って答えます。でも相手の返答は大丈夫と答えた時とそんなに変わらない。大丈夫って答えることが前提だから、大丈夫じゃないって言われても返しようが無いんだよね。

ガラパゴはゾウガメの意と知りてより思い膨らむガラパゴス諸島 井上孝治 そうなんだ、と思った一首。ではガラパゴスのスは複数形だろうか?スペイン語も複数形はsを付けたはず。単なる地名と思っていた語の意味を知り、その土地へ思いが膨らむ。旅への思いもあるかも知れない。

㉝「作品合評」愛おしいものから順にきえてゆく京阪電車が路面をいき交う 海野久美  中山惠子〈「京阪電車」ですが(・・・)路面電車ではないので、最初?でした。〉拝田啓佑〈正確さをとるなら「京津線」ですが〉 昭和62年まで京阪電車は三条まで路面電車だった。その頃の事かも。

2020.11.6.~8.Twitterより編集再掲