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角川『短歌』2020年11月号

マスクして言ふこと少なくなりしより思索太るといふにもあらず 馬場あき子 おっしゃる通り。無口なら思索的とかいうのはイメージで、単にしゃべりにくいから口数が減っただけ。考えが深まったわけではないのだ。結句の遠回しな否定のしかたが内容に合ってると思った。

目に見えぬコロナウイルス思ふときひつそり浮かび来たる色悪(いろあく) 高野公彦 この文脈で色悪が来るか?という驚きと戸惑い。高野公彦にとって「ものすごく悪いもの」という定義なのだろうか。ここまで飛躍すると却って可笑しい。可笑しさ狙いなのかも知れないが。

係長が変われば早く帰ることが価値観となり残業を話す 竹中優子 残業を話す、は残業を話題にするという事か。今まで残業は当たり前で、残業する人が熱心な人だったのに、上司が変われば、勤務時間を有効に使えてない人という扱いになる。仕事量は減ってないから帰れないのに。

④角川短歌賞受賞作「光射す海」

頑丈で扱いやすく替えがきく少年兵とカラシニコフは 田中翠香 内戦下のシリアを取材したカメラマンの作かと思えば、映画を見て想像と虚構で作ったとのこと。掲出歌のような、ある程度知られている事柄を非情な視線で詠った歌はいいと思った。

爆撃の口まねだけがうまくなり少女は今年四歳となる しかし、この歌などはせめてドキュメンタリー映画のワンシーンでも見て作った歌であってほしい。これが全くの虚構・想像であると言われると辛い。極限状況下では人間の心は意外な動きをするのだ、という「事実ってすごい」系の感動を誘う歌だからだ。

⑤角川短歌賞受賞作「嵌めてください」

いつかいつか羞(やさ)しいあなたを立たせたい老衰という眩しい水際 道券はな 人形と「あなた」への思いが絡み合う連作。全体にエロスが漂う。掲出歌はかなりあからさまに性愛を詠っている。人形とも、老いゆく「あなた」とも、身体で繋がることができない。でもいつか何とかして繋がりたい。そういう思いだと取った。川上弘美の『センセイの鞄』にも通じるが、この連作は、より濃厚で精巧だ。タイトルにもその思いが滲んでいるのではないか。

⑥特集「つなぎの面白さ」染野太朗 つなぎの語句が無い歌では、読者が推測して理路を構築して読む。〈歌と読者とのあいだに共犯関係が結ばれたとも言えるだろう。〉これが短歌を読み慣れない人には読みにくく、敷居が高い理由で、読み慣れた者は益々好きになる理由の一つでは。

⑦特集「つなぎの面白さ」小島なお「つなぎの美 20首選+解説」いいアンソロジーと解説だと思う。有名歌と選者独自の目が光る歌の配合が抜群。

⑧「青年の主張」井上法子〈書くわたしと生身と、たましいのディメンションは同じですか?という漠然とした質問をしてしまいます。〉ディメンションの指すものが私にははっきり分からない。辞書には「寸法、面積、重要性、面」等あるが、それぞれ英語の例文のニュアンスは違う。次元かもしれないが、次元なら次元というだろう。わざわざディメンションというのだから、何か違うニュアンスを含ませていると思う。

2020.11.17.~21.Twitterより編集再掲