『塔』2020年9月号(3)

夏の雲がくる五秒前。とか言って飛びたい 教科書踏み散らかして 永田玲 若さが眩しい。「飛びたい」は「飛び上がりたい」と取った。句点や一字空けが、一瞬のためらいとその後の爆発力を強めている。制服のまま、教科書を踏み散らかして飛ぶ。まさに青春の、人生の夏の五秒前。

かなしみをだれにでも言ふひととゐて手持ち花火の火を分け合へり 千葉優作 「かなしみ」に作中主体も共感しているのだろうか。自分の持つ「花火の火」を分け合っている。ほんのりと寂しいようなやさしい世界。こんなに普通の言葉でこの歌の世界を作れるのだ。一連中の三首目も好きだ。

図書館に人待つことはもうあらず雪の四月に君と別れて 宮野奈津子 上句の静かな諦念。図書館で待ち合わせる、穏やかな関係だったのだろう。「雪の四月」という設定が美しい。きっと人生で初めて見た四月の雪。そんな風に一度しかない君との出会いと別れ。

ブランコに止め時は無く六月の斑の雲の下の少女は 有櫛由之 何となく怖い歌。少女はブランコの止め時を見失っていつまでも漕いでいそうだ。斑の雲の下、という場面設定も不穏。劇画のような濃い線の絵を思い浮かべた。

思考という荷物を捨てて万緑の風にわたしを明け渡したり 亀海夏子 何と清々しい生き方だろう。下句を読むと身体に風を感じる。私もこのようにありたい。頭の中は要らない思考でいっぱいだ。この荷物は重過ぎる。しかしそれを捨てることの難しさときたら…!

川底に煌めくもの見ゆ鮎だなと言葉にすれば若鮎の群れ 永久保英敏 直感が言葉になり、認識となるまでの一瞬。鮎だなと言った瞬間に煌めく光は若鮎の身体となって認識される。光と水と魚。そしてそれを見る作者の目。

前を行く君が僕には眩しすぎて「ごめん、ほんとは嫌い」と言って 小島涼我 君が眩しすぎるから、君に好かれる僕でいる自信が無いから、嫌いと言って欲しい・・・。自分の心を抱えきれない苦しさ。君にどう接していいか分からない辛さより一人でいることを選ぶ。一連にとても惹かれた。

2020.9.25.~27.Twitter より編集再掲