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『塔』2020年4月号

一心に数式を解く君の手に冷たい指で触れる 雪だよ 小川さこ 普通は自分の指の冷たさは意識しておらず、触れられた側が「冷たい」と意識するはずだ。相手の反応の後で、その前から意識していたように詠んでいるのだろう。雪はもちろん、数式を解く、も温度が低いイメージ。

耳朶にくらい言葉を吹きかけてあなたを日暮れに連れてゆくんだ 澄田広枝 くらい言葉ってどんな?日暮れに連れてゆくってどうすること?と色々思いは巡る。結句「~んだ」が、流れに身を任すようにも、決心してるようにも読める。どこか終末感が漂う歌。とても雰囲気のある一連だった。

ああなんでなんで死んだと言ふ姉になんでやらうと我もまた言ふ 谷口富美子 会話だけ。描写が無い。もちろん一連の先立つ歌に義兄が死んだこと、葬式の様子、生前の義兄を描いた歌があり、この一首は最後に来る。一連で他に上手い描写の歌があっても、あればこそ、こういう歌が刺さる。

裸木の彼方に月は満ちていて私は全てを赦し続ける 杉原諒美 葉を落とした枝の隙間に満月が見える場面と取った。全てを「赦す」。「許す」ではなく。しかも赦し「続ける」のだ。それで心の安らぎが得られるということだろうか。

平凡な人間なのだと気づくまでの長い、長い勘違ひの時間 加茂直樹 ぎくり(笑)。「、」が一文字分として効いている。本当に長く感じさせる四句から、早口の結句の気づきへとなだれ込む。長いと言っても、人により具体的な時間は違う。気づいた時がスタートで、手遅れは無いと信じたい…

⑥小林幸子「『歩く』断想」さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり 河野裕子〈とほうもないこのさびしさこそ「この世」に生きて在るということの証なのだ。生の根源にあるさびしさを、河野はいつも全身で表現してきた。〉大好きな一首。読み応えある評論。

会いたいと突然上がる炎のよう君の心に私はいるか 鈴木伊奈 『突然炎のごとく』というフランス映画があった。短歌の言葉の中に入ると新鮮な感じ。下句ともよく合っている。

焼跡にバラックを持つ小(こ)大家の祖父の集金(とりたて)につきてゆきたり 友成佳代子 大家なのだが「小」大家という表現が興味深い。実際に使われていた言葉だろうか。猪飼野を詠った連作で、生々しい素材を視覚に訴えるように詠っていて迫力がある。深い情を感じる連作。

まず顔に点をつけられ延々とさげすまれてゆく下位の女子たち 王生令子 「下位」という語がトゲのように刺さってくる。「まず」「延々と」という時間表現の使い方が上手い。言葉の使い方が上手いというには辛い内容だが。重いテーマの連作。誰もがどこかで覚えのあることではないか。

ユーカリに触れし手を嗅ぐ目瞑ればまだ見ぬ森の扉がひらく 岡田ゆり いい匂いのするものに手を触れた後、目をつむって手の匂いを嗅ぐ。その匂いがユーカリだということと四・五句が響き合う。「森の扉」という言葉が詩的。その扉がひらく、という発想も。

「前略」とはじまる手紙からかをるかつてあなたと見し春の夢 千葉優作 紙だろうか、メールだろうか。「前略」は親しい間柄に使う。でも今メール時代にはどこか改まった感じを受ける。「かつて」だからあなたとの間柄は微妙に遠くなったのか。結句が王朝和歌を思わせロマンティック。

2020.5.7.~15.Twitterより編集再掲