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あの人は今

1番最初に付き合った彼氏の匂いを今も覚えている。

でも、ここだけの話、顔も名前も思い出せない。全くもって失礼な話なのはわかっているが、忘れちゃったものは仕方がない。というのも、付き合った期間がひどく短かったからだ。

初めて彼氏が出来たのが18歳。周りと比べても遅かったと思う。高校生の頃は、違う学科の同級生や、国語の先生に片思いしていたが、特に発展することもなく就職した。

正社員で入った会社は、副業禁止だったのだけど、同じ課の先輩は長期休み(夏と冬は10日ほど連続で休みだった)や土日にバイトに行っていた。一緒にやらない?と誘われていたが、給料は充分貰っていたし、ずっと仕事とかないないと断っていた。盆休みの時、先輩に急用ができ、バイトのシフトに3日間だけピンチヒッターで入ってくれないかと頼んできた。親戚が亡くなったとかで、どうしても代わりを見つけなければならないと言うから、仕方なく出向くことにした。高校を卒業し、即会社員になった私はバイトの経験がなかった。こんな私に務まるのか?と聞いたら、大丈夫大丈夫というのでOKしたが、内心凄く不安だった。

仕事内容は、ゴルフ場にあるレストランでウェイトレス。ジョッキにビールを注ぐのも自分の仕事だった。ジョッキにビールを注ぐのもコツがあって、下手すると泡ばっかりになってしまう。しかもジョッキがこれまた重いのだ。お盆で運ぶのだけれどバランスが難しく、お客さんのおじ様達が助け舟を出してくれたりした。ひっちゃかめっちゃかだったけれど、なんとか3日勤め上げた。

バイトから数日後、先輩からバイト先の男の子が私と話したいのでご飯に行かないかと言っていると聞いた。私はその男の子を知らなかった。彼はキッチンで働くシェフだったのだ。ひっちゃかめっちゃかを見られていたと思うと酷く恥ずかしかったが、先輩と共に合コンに出かけた。ルックスも悪くなかったし、3歳年上でとても優しかったのでお付き合いすることにしたのだが、今まで片思いしかしたことがなく、誰かから好意を寄せられるという状況に慣れていなかった。何度か会っているうちにだんだん彼の気持ちが負担になってきた。「蛙化現象」最近よく聞くが、正にこの状態にハマってしまった私は、これ以上自分の気持ちに嘘がつけなかった。会って話す勇気はなく電話で別れを告げた。そんな失礼な別れ際の会話にも、彼は怒ることなく「もしも何か助けてほしいことがあったら連絡してほしい」などと言うのだ。それでなくても申し訳なさでいっぱいであったのに、更に罪悪感が湧いてきて本当に苦しかったのを覚えている。たった3ヶ月ほどのお付き合いだった。

その彼がつけていた香水の匂いを今でも覚えている。なんの香水だったのか名前は知らないけれど、たまに人混みに入ると同じ匂いがすることがある。そんな時、顔も思い出せない彼のことをふと考えたりする。匂いを嗅ぐことで、懐かしい記憶や当時の感情が蘇る現象を、プルースト効果と言うらしい。匂いが記憶の蓋を開けるのだ。顔も忘れてしまったけれど、あの人が今、幸せになっているといいなと思う。


※イラストお借りしました。coooooom7さん、ありがとうございます。

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