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【掌編小説】12月23日の夜に。#2020クリスマスアドベントカレンダーを作ろう

12月15日。郊外の百貨店は閉店30分前ともなると客足はまばらだ。そのおかげで藤堂大(とうどう まさる)は遠くからでも篝美純(かがり みすみ)が店頭に立っているのがわかった。

「お疲れさん」
「あー! 大(まさる)! 付き合って」
「……へ?」
「“へ?”って何。こんな時間に一人で郊外、ふらふらしてるってことは暇でしょ? ちょっと話、聞いてよ」

12月は洋菓子メーカーの繁忙期。美純は溜まりに溜まった鬱憤を吐き出したくてうずうずしていた。大は瞬時にその気持を汲み取った。
「おっけ。閉店の30分後に従業員通用口な。店、探しとくわ」
「あ、でも私お金ないから安いところで」
「金ないのに誘うなよ」
「銀行にはありますぅー。降ろしに行けてないだけですぅー」
むくれる美純を軽くあしらいながら大は店頭を後にした。

大は携帯電話にリスト化している店の中からコスパの良い店を、その中でも雰囲気の良い店を選んで予約を取った。

――5年も経てば店のリストも増えるよなぁ……。

そんなことを考えながら従業員通用口で美純を待つ。程なくして閉店後の作業を終えた美純が駆けてきた。

* * *

店に着いてまず大はビールを、美純は桃チューハイを注文し、1日の終わりに乾杯をした。美純は相当溜まっていたのだろう。突き出しの土手煮をつつく段階から愚痴が止まらなかった。続いて運ばれてくる鮮魚のカルパッチョには目もくれず、愚痴は加速する一方だった。

「私、何のために大学、入ったんだろ。勉強したことなんて何の役にも立たなかったし、上場企業に入ったところで郊外の百貨店勤務も6年目。もうすっかり社内の人達から忘れられちゃったんだよ。きっと」
あーもう嫌だと言いながら細い手でジョッキをあおる。美純は酒に強くないのに今日は既に4杯目に突入している。頼んだ食事は2/3を大が食べ、美純は飲みに専念していた。

「美純、明日も仕事だろ? 水もらおっか?」
「……うん。……ありがと」

勢いよく放たれる愚痴。
なんで“ここ”で働いているんだろうと現実に立ち戻る。
そして急にしおらしくなる。
大が美純のこの緩急に翻弄され始めてもう5年が経っていた。

大と美純は洋菓子メーカーの同期だ。
美純は入社後、都心の大型店舗に勤務を命じられ、その1年後、今の郊外店舗に、大の家のすぐ近くの店舗に異動になった。

当時の大の上司が美純の店舗の担当営業だったことからよく3人で飲みに行くようになり、次第に大と美純は仲良くなった。美純は大のことを“ただの同期”としか認識していないようだが大は違った。だけど大は美純との関係性を壊したくない気持ちから、恋心をずっと心の内に秘めたままでいる。

「そういえば美純、クリスマスは?」
「23~25日まで仕事。社員の鏡でしょー。そっちは?」
「俺も同じく」
すると美純はとろんとした目で大をじっと見つめ、にっこりと笑って言った。
「寂しいねぇ」
「うるさい」
酔って隙だらけの美純に見つめられると心が揺らぐ。大は目をそらしながら言った。

「でも、そこそこ定時であがれるんでしょー? 私なんて閉店までは拘束。片付けも入れたら21時あがりだもん。そっから一人で食べるケーキなんて美味しくもなんともないよ。満たされるのは背徳感だけ」

仕事続けてたら彼氏なんてできない、イベントを一緒に過ごせない、とぶつぶつ呟く美純はお冷が来るのを待ちきれず、大のビールに手を伸ばした。

「クリスマスなんてなくなってしまえー」
突然、大きな声を発した美純に客の視線が集まる。
「よーしよし。わかった、美純。今日は帰ろう。な? 駅まで送る。それか、タクシーがいいか?」
「……たくしー」
優しく大がなだめると美純はおとなしくなっていった。

千鳥足の美純を支えながら道路沿いを歩いてタクシーを捕まえた大はくれぐれも粗相のないようにと釘をさしてから車内へ押し入れた。今の大の立場ではできることはここまでだ。あとは無事、家につくのを願うしかなかった。

* * *

「なるほど。で、23日の今日、寂しい寂しい大くんは俺に会いに来てくれたって訳ね」
とあるカフェでドリンクを作りながら田所が言う。

田所は大が行きつけのカフェの店員だ。
大は週に3回、この店にやってきて「キャラメルマキアート、ホイップ多めで」と呪文のように唱えていた。しかしある日、季節限定のラテを頼んだときに田所に声をかけられたのだ。

「……今日は何かありましたか?」

この言葉がきっかけで、二人はたまに会話を交わすようになり、今ではすっかり仲良くなっていった。田所が「俺のこと大好きだねぇ」なんて大をからかうこともあるが、ストレス社会で働く上で、年上の兄ちゃん的な田所の存在は大にとってちょっとした癒やしでもあった。

そんな田所は今年の11月に店舗異動になったのだが幸い、異動先は大の通勤沿線上の店舗だったため今でも二人の関係性は続いていた。

「だってさぁー。もう“あーっ!”てなるんですよ、こっちは」
「その“あーっ!”に付き合わされている俺は仕事中なんですけど。でもって大くんと違って“そこそこ定時”で上がれない職種なんですけど?」
「ちょっと位いいじゃん。今、客足引いたとこだし……」
先程までドリンクカウンターには列ができていたが今は大の他に客は一人も待っていない。
「大くんが来ると毎度のごとくぱったり客足が途絶えるんだよ! ……この貧乏神め」
そう茶化しながら田所は手早くドリンクを作り始める。

「で、結局今年も進展なしか。美純ちゃんのこと、好きになってから何年?」
「……5年です」
「すごいねぇ。それは思い切って行動しないともう何もないんじゃない?」
「いや、いーっつも言おうと思うんですけどね? でも、なんか……弱ってたし。そんなときに気持ち伝えても“どうせ可愛そうだからでしょ?”とか言って流されるのがこわくて」
「どうせ、でいいじゃない。チャンスなんだから堂々と利用すればいいのに。臆病だねぇ」
「放っといてください」
「放っといてって言いながら……相談するために来てくれたんでしょ?」

そして田所が手を止めて、少し厳しい口調で続けた。
「この際だから言わせてもらうとね。美純ちゃん、大くんのことかなり頼りにしてるよ。そんだけ心許されといてなにビビってんの。もし、弱ってる美純ちゃんの前に優しーい誰かが現れたらどうすんの。取られちゃうよ? それに……大くんは繋がれるんでしょ。それ、すごく羨ましいよ」
田所の声のボリュームが少し落ちた。
「俺はね、繋がりたい人のこと、何も知らないんだ。住んでいるところも、連絡先も。でも、大くんは違うでしょ。好きな子のクリスマスの予定も、いる場所もわかってて、会おうと思えば会える関係性も出来上がってる。だったらもう選択肢は1つしかないんじゃないの」
「田所さん……」
「なーんてね」
と言いながら田所は人懐こそうな笑顔で大に紙袋を差し出した。

「はい、これ。今日は持ち帰んなさい。でもって1つは出世払いね? ここから美純ちゃんのお店まで、距離あるから冷めちゃうかもしれないけど、それでも持っていくことが大切だと思うよ、俺は」

紙袋の中を覗くと持ち帰り用にドリンクが2つ用意されている。1つは注文したキャラメルマキアート。もう一つは……期間限定のホワイトスノーマンラテだった。

大はスマホを取り出し、時刻を確認した。
「ありがとう、田所さん」

感謝の意を込めて紙袋を軽く掲げ、大は駅へと急いだ。2つのラテがこぼれないぎりぎりのスピードで改札を通り抜け、ホームに滑り込んできた電車に駆け込んだ。美純にラテを渡して何を言うべきか考えあぐねている間に電車は目的地に到着した。家路へと急ぐ人の流れに逆らって大は百貨店を目指した。

* * *

「すみません、『森のチョコレートケーキ』1つ」
「はい、ありがとうございます……って大? なんで?」
「なんでって……ケーキ買いに。これ、もしかして売約済み?」
大はショーケース内に残っていたホールケーキを指す。
「なわけ無いでしょ。助かったー! ホール、もう売れないだろうなって思ってて」
「それと……これ」
大は手提げ袋からラテを取り出す。
「ちょっと冷めちゃってるけど、差し入れ」
「あ! もしかして」
美純はカップに貼られたラベルを見る。
「やっぱりホワイトスノーマンラテだぁー。これ、前に飲んで美味しかったんだ。ありがと」
喜ぶ美純の顔を見ながら大は心の中で田所に感謝を述べた。


閉店間際ということもあり、美純の他に従業員はいない。周囲の店の従業員も閉店作業に取り掛かり始めていて誰も大のことなんて気にかけていない。大は意を決して美純に言った。

「あのさ。明日の朝も早いと思うんだけど、今日、ちょっとだけ時間、取ってくれない、かな。その……いつもの飲み、じゃなくて……クリスマスパーティ。……だめ?」
「……いいよ?」
何かを感じ取ったのか、美純の返事の語尾には疑問符が付いていた。
「片付け、いつもより時間かかるよな? 21時頃、迎えに来る」
「今日は“従業員通用口の前”って言わないんだね」
「うるさい」
少し照れながら大が美純に目をやると、美純はどこか嬉しそうだった。


21時を少し回った頃、いつもの如く、従業員通用口から美純が駆けてきた。
「ごめんね、おまたせ」
「こっちこそ急なのにありがとな。ちょっと……あるこっか」

クリスマスシーズンということもあり百貨店の周辺はイルミネーションで彩られていた。話をする美純が吐く息が白いことに大が気づいたのは数分歩いてからだった。
「ごめん! 美純、寒いよな?」
「ううん、仕事後だから体、温まってて寒くないよ。気遣いありがと」
「そっか」

美純の言葉を疑うことなく信じて歩くこと数分。大は立ち止まり、深呼吸をしてから美純に告げた。
「美純……に、ちゃんと言っておきたくて」
「うん」
「突然でびっくりすると思うけど……美純のことが好きです。ただの同期じゃなくて、美純の、彼氏としてこれからも隣にいさせてください」
静かな夜の町に大の声が響いた。

「よろしくお願いします」
大の目の前には、美純の笑顔が輝いていた。

「……やっと言ってくれた」
「……へ?」
「ずっと待ってた、って言ったらびっくりする?」
「え、うそ、まじかー。え、いつから? え? 去年は?」
「教えませーん」
美純は笑いながら歩みを進めて振り返る。
「そういえば、どこでパーティーするの?」
「それが……見切り発車でやってきたもんだから、何も考えてなくて」
すると美純の目がみるみるうちに丸くなった。
「嘘でしょ! 今からお店探すの?」
「いや、それは本当に……申し訳ない」

大は告白したあとのことまで考えていなかった。ましてやパーティーの準備なんてしていない。だがしかし、謝りながらあることを思いついた。

「美純……? 深い意味はない。深い意味はないけど……俺んち、とかどうかな? ほら、『森のチョコレートケーキ』もあるし、コンビニでチキンとかお酒とか買ってさ。前に来たことあるだろ? 俺んち。三田課長と升先輩と。あ、でも嫌なら全然、ファミレスとかでも!」
言い終わってから大は美純の顔色を伺った。
美純は大きく息を吐いた後、小さな声で苦笑しながら言った。
「そういうとこ、好き」
「えっと、それは俺んち? それとも……ファミレス?」

「1回しか言いません」
美純は大の質問に答えずに言った。
「明日のシフトは昼からです。あと……深い意味はあってもいい……よ?」
デクレッシェンドがかかった語尾。美純は下を向いて黙っている。

「……コンビニ……こっち」
かすれた声を発した大はそっと美純の左手を取り、歩き始めた。

5年越しに繋がった指先はひんやりとしていて、だけどどこか温かかった。

* * *

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
ちよこです。
今回は百瀬七海さんのこちらの企画に参加させていただきました。

普段何気なく接している人が実はキーパーソンだったり、一歩踏み出す勇気をくれる人だったり、あなたを幸せに導いてくれる人だったり。私達が住む世界は実はそんなものだったりするのかな、なんて思っています。

「クリスマス」はただのきっかけ。
日常を、一瞬を、大切にしてほしい。そんな想いを込めて書きました。

クリスマスまであと少し!


いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)